きこえない子が身につける語彙数は、きこえる子と較べると圧倒的に少なく、とりわけ動詞の獲得数が少ないということが知られています。JCOSS(ジェイコス)(「日本語理解テスト」)という幼児期から使える検査でも、確かに名詞(事物名詞)、形容詞、動詞の中では、動詞の得点が低いのが特徴です。これは日本語の文を読んだり書いたりするうえでの困難さにつながる大きな要因のひとつです。というのは、日本語の特徴は全ての文節が文末の述部にかかる構造になっていて(上図)、しかも述部にくるのは圧倒的に動詞が多いからです。動詞がわからないと文が理解できないのです。
動詞が身につかないのはなぜ?
では、なぜ、動詞を身につけるのは難しいのでしょうか? それは、ひとことで言えば、①動詞は事物名詞のようにはっきりとその存在が見えるわけではないことと(語彙習得の難しさ)、もうひとつは、②動詞が複雑に活用することです(活用習得の難しさ)。ここでは動詞の活用について考えてみます。
動詞活用の複雑さ
動詞は、いろいろな意味が加わってかたちが変わります。例えば「昨日、太郎は、一日、勉強させられていたらしいね」と誰かが言ったとします。この文の動詞の基本のかたちは「勉強する」ですが、ここにいろいろな言いたいことが加わって「勉強させられていたらしいね」となっています。では「勉強する」が活用して「勉強させられていたらしいね」になっているのは、どんな活用の要素が付け加わってこうなっているのでしょうか。
態(voice)・・「勉強させられ」
これは使役「させる」と受身「される」がくっついて、使役受身「させられる」となったわけです。使役でだれかが無理強いしているというニュアンスと、それに反発できずいやいややっているというニュアンスが加わって「勉強させられる」になったわけです。
相(aspect)・・ 「勉強させられてい」
これは、「~ている」で継続の意味が加わり、ただの「させられる」ではなく、「させられている」となることで、一定の時間継続しているという意味になります。文では「一日」となっていますから、朝から晩までやらされていたのだということがわかります。
時制(tens)・・「勉強させられていた」
「る」(現在)ではなく「た」(過去)になることで、もう終わったことだとわかります。
意志・意向(mood) ・・「勉強させられていたらしいね」
ここには話している人の気持、伝聞、推測などが入っています。太郎が勉強させられていたのが事実かどうかはわからないけど、そう私は聞いたよ、あなたは知っている?といった意味がここに入っていることがわかります。
きこえない子は、動詞活用の学習が必要!
このように動詞は複雑に変化するので、かなり使い慣れないとルールを身につけることは難しいのですが、きこえる人は、日々の生活の中で何回も何十回もこういう言い回しを耳にし、自分でも使う中で、ほとんど無意識にそのルールを習得していきます(自然獲得)。
しかし、きこえない子とくに聴力が重い子には難しい。そこで、きこえない子は文法を意図的に学習することが必要になります。その学習は聾学校では小学1年生から積み重ねていきます。「動詞の活用ルール」の学習、「使役文」や「受動文」の学習、「やりもらい文(授受文)」の学習、「~ている(て形)」の学習、「現在形・過去形」の学習など、意図的に学習することで基本的な動詞の使い方を学びます。もちろん、膨大な動詞の活用パターンを全てを学ぶことは実際には不可能ですしその必要はなく、基本的な活用パターン・ルールを学べば、あとはそのルールに従って変えられるようになります。
まず、動詞の理解度を調べてみよう!
そこでまずやることは、きこえない子が、動詞の語彙や文法をどのくらい理解・習得できているかをはじめに調べます。ある程度、日常会話の中で習得できているのかいないのか、もし動詞の文法ルールがあまり理解できていないのであれば、意図的に学習をする必要があります。このようなテストは市販されたものはないので、筆者が過去に作成した下記の『動詞テスト』をやってみて下さい。動詞の反対語、常体と敬体、自動詞・他動詞、タ形・テ形、授受(やりもらい)文、受動文、使役文、可能表現、尊敬表現などについて調べることができます。
そして、仮にこの『動詞テスト』で70~75点以下なら、基本的な動詞の活用の指導から始めましょう。
参考になる記事・問題集
☆YouTube日本語講座第5回 動詞・その1
https://nanchosien.blog/verb-1/#verbkinds
☆YouTube日本語講座第8回 動詞の活用の指導って必要?
https://nanchosien.blog/verb-conjugatin-necessity/#verbconjugationwhy
★『絵でわかる動詞の学習』難聴児支援教材研究会編 A4版 86頁 1,700円
https://nanchosien.blog/verb/#verbpicture