

はじめに
この問題、出来ますか?
先日(2026.6.10)の朝日新聞教育面に上記のような記事が掲載されました。国立情報学研究所の新井紀子教授が述べられたもので、文章読解力は、助詞・助動詞・接続詞といった「機能語」を正しく理解しているかどうかで左右されるという趣旨の記事です。まず冒頭の問題をぜひ、やってみてください。
この問題は、助詞の使い方が正しく理解できているかどうか、二つの文の意味が同じかどうかを判断する力をみる問題です。二つの文が同じ意味になるために、正答の助詞を入れると、以下になります。
| ガソリン車「の」燃料は、ガソリン「が」ふくむ有機物で、これを酸素「で」燃焼させたとき「の」エネルギー「が」ガソリン車の動力となる。 |
しかし、答えとして多かったのは「の、を、と、の、が」なのだそうです。その答えを入れて問題をやってみると以下のようになります。赤字は正答、青字は誤りです。
| ガソリン車「の」燃料は、ガソリン「を」ふくむ有機物で、これを酸素「と」燃焼させたとき「の」エネルギー「が」ガソリン車の動力となる。 |
提示された問題文が(文法的に)正しく読めていないために生じる誤りですが、中学生や高校生でも、このような誤りが生じるのはなぜでしょうか? 一言で言えば、助詞、助動詞、接続詞といった機能語がきちんと習得されていないからということになります。難聴児も同じ課題を抱えていますので、機能語についてもう少し深堀してみましょう。
*機能語(Function Word)・・それ自体には具体的な意味を持たず、文法的な役割や単語同士の関係性を示す語
のこと。助詞、助動詞、接続詞など。一方、「名詞・動詞・形容詞」などは「内容語」と呼ばれる。
2か所の助詞の誤りについて
「ガソリンを含む有機物」?それとも「ガソリンが含む有機物」?
問題文は、「ガソリンに含まれる有機物である燃料を・・」となっています。これと同じ意味になるのはどちらでしょうか? 問題文では、「含まれる」という動詞の受身のかたちが使われています。日本語ではしばしば用いられる受身ですが、問題文に即して言えば、ガソリンより「有機物」の方を強調したい時とか、「一般的に言うと」といった意味のときに使われます。ここでは、「一般的に有機物はガソリンに含まれていて・・」という意味と考えられます。また、受身の形を能動形にすると、ガソリンが主語となり助詞と動詞の形が変わりますから「ガソリンが 含む 有機物(である燃料を)・・」となり、「が」が正解ということになります。記号で表せば、ガソリン>(「集合」を表す記号がないので代用)有機物です。ガソリン<有機物は間違いになります。
「酸素と燃焼させた」?それとも「酸素で燃焼させた?」
問題文は、「(有機物である)燃料を 酸素を使って燃焼させ・・」となっています。もし、「(有機物である)燃料を 酸素「と」燃焼させた・・」と解釈すると、この「と」は、「~と一緒に」という意味を持つ、一緒の「と」の使い方になり、有機物と酸素を一緒に燃焼させるという意味になります。
しかし、問題文は、「(有機物である)燃料を 酸素を使って燃焼させ・・」ですから、「これ(有機物である燃料)を 酸素「で」(「~を使って」という意味となる手段・方法の「で」)が正しいことになります。
なぜ、このような誤りが生じるのか?
一言で言えば、国語の教科書の中で、系統的な日本語文法の学習・指導が行われていないからだと思います。とくに、問題文で示されている助詞の意味・用法などは、国語の教科書の中では、この年齢なら”当然そんなことわかっている”こととして扱われているためか(日本の子どもなら日本語の文法は自然獲得されているという前提)、系統的に取り上げられることはありません。「だから、しかし」といった接続詞、「これ、それ、あれ」といった指示語なども然りです。
このような弱点を補強するために、新井さんたちは「リーディングスキルテスト(RST)」を開発し、その結果から、6分野7項目について改善することを提唱しています。筆者はこのRSTを実際にやってみたことはありませんが、以下のようなことを調べる検査だそうです。
Reading Skill Test(RST)について
このRSTを実施することでその子の弱点・課題を発見し、その対応を考えることができます。新井さんが提唱する6分野7項目は以下のものです。
係り受け解析・・・文の構造を把握する力
文の基本構造(主語・述語・目的語・修飾語)を正確に把握する力をみます。 日本語の助詞(は・が・を・に・で・の・と…)を論理的に処理できるかを測ります。例:「AはBをCに渡した」→誰が誰に何をしたかを誤らず理解できるか? 筆者は、難聴児の教育に関与してきて、教科書を子どもが読んで理解できるようになるために、基本的にまず指導すべきことは、①助詞と、②動詞・形容詞の活用だと考えています。
照応解決・・・指示語・省略の指す対象を特定する力
指示語(これ・それ・どれ・あそこなど)が何を指すかを正しく特定する力。 省略された主語・目的語の補完も含みます。 例:「太郎は次郎に本を渡した。それは図書館から借りた本だった。」→「それ」とは何か?
同義文判定・・・言い換えの意味同一性を判断する力
2つの文が同じ意味かどうかを判定する力。 言い換え・語彙の変化に惑わされず、意味の同一性を判断する。
例:「価格が上昇した」=「値段が高くなった」
推論・・・論理的に含意を導く力
文章に“書いてあることだけ”を使って論理的に推論する力。 常識や知識を勝手に補わず、論理規則に従って判断できるかを測る。 例:「すべてのXはYである。AはXである。」→AはYか?
イメージ同定・・・文と図表の対応を取る力
文章と図表・グラフなどの非言語情報を正しく対応させる力。 空間配置・順序・関係性を文章から再構成できるか。
具体例同定
辞書的定義の理解(辞書領域)・・・辞書的定義を使って語の意味を理解する力
辞書の定義を用いて、新しい語彙の意味と用法を獲得する力。
例:定義「AとはBかつCであるものとする」→文脈内で正しく適用できるか
理数的定義の理解(理数領域)・・・理数的定義を使って概念を理解する力
数学・理科で用いられる厳密な定義を理解し、その条件に合う例を判断する力。
例:図形の定義、集合の定義、物理量の定義など
以上の観点から、再度、冒頭の問題文をみてみると、これら6分野のうちの、以下の分野に関係することが使われていることがわかります。
☆「係り受け解析」・・・問題文で使われている「は、に、で、を、の、と」といった助詞を理解し使える力
☆「照応解決」・・・問題文に出てくる「その時に」「これを」といった指示語や代名詞を正しく理解する力
☆「同義文判定」・・・二つの文が意味的に同じであることを理解する力
難聴児の日本語文法指導との関連
聴覚障害教育の世界では、「助詞は永遠の課題」などと言われ、助詞を身につけることが多くの難聴児にとって大きな課題とされてきました。しかし、「聴覚口話法」「自然法」をベースとする教育方法では、きこえないことから生ずる音声によるコミュニケーションだけでは、やはり助詞の習得には限界がありました。それは、人工内耳が開発され高度・重度難聴児でも聴覚の活用ができるようになった今でも、大きくその実態が変わったわけではありません。そのため、難聴児が「学習言語」の世界に入ることの困難さは今でも解決されてはいません(難聴児の過半数は依然として「9歳の壁」を前にして「生活言語」の世界から抜け出しきれないのが現状)。以下に示す二つのデータは、そのことを示しています。


Reading Test(読書力検査)半世紀の結果から
まず、Leading testの結果です。このテストは、読字、語彙、文法、読解の4つの観点から、児童の読みの力を「読書学年」という指標であらわしたものです。これは1970年代からおよそ10年ごと6回の難聴児の検査結果です。縦軸に「読書学年」、横軸が該当の「学年」です。70年代から2015年のおよそ半世紀のあいだ、いずれの時の値とも読書学年は4年生を上限にしてプラトー(高原状態)になっています。小5なら読書学年小5、小6なら読書学年小6になるのが聴児ですが、難聴児の読書学年は、いずれの年代をみても読書学年小4を超えていません。これがいわゆる「9歳の壁」と言われる現象なのですが、文法指導(ここでいう「機能語」の指導)に取り組むことによってこの値は確かに変わります。それについては後で述べます。
J.coss(ジェイコス・日本語理解テスト)の結果から
この検査は、日本語の文法力をみる検査です。ここでは、2008年の結果を表示しています。Jcossは、20項目ある文法事項のうち、その子どもが何項目「通過」しているかをみることができます。白い点線が聴児のものですが、小1で10項目通過、小4で17項目通過が平均的な値です。しかし、青線(この検査を作成された中川佳子先生のデータ)も赤線(筆者が当時いた聾学校のデータ)もどちらも、高学年になっても低学年レベルで止まっているのがわかります。このことからも、難聴児は「9歳の壁」がなかなか越えられないということがわかります。
しかし、助詞等の指導をすることでこの数値は向上します。ただ、平均値を出した時に学年に対応した読書学年に大半の子どもが達しているかというと、まだそこまではいきません。興味のあるかたは、以下の記事をぜひご覧ください。 *本HP>「『9歳の壁』って本当にあるの?~3つの検査で検証してみた」
https://nanchosien.blog/9year-old-hurdle/#9-years-old-barrier
日本語文法指導の取り組み
文法指導の内容は?
上記のような難聴児の実態を踏まえ、筆者が当時いた聾学校の教員仲間と取り組んだのは、助詞の指導、動詞・形容詞の活用の指導から始まり、なにで名詞(形容動詞)、副詞、接続詞、受動文・授受文・使役文、比較表現、位置表現、修飾構文、複文といった内容の文法の指導でした。これをだいたい小1から小3までの週1自立活動を基本にやりました。ただ、こうした取り組みには外部からのさまざまな批判(「文法の指導など小学生には無理」「このような実験的なことをやるべきでない」等々)もありました。しかし、子どもたちの「わかった!」「なんだ、そういうことか!」「先生!もう一枚プリントやる!」といった喜びや自信に満ちた表情の変化に支えられ、10年近く取り組むことができました。そして、そのときの実践を、筆者は、『きこえない子のための日本語チャレンジ』『絵でわかる動詞の学習』『ことばのネットワークづくり』の三部作としてまとめました。
それから10年経った今、公立学校にとっての宿命である人事異動によって、私のいた学校での実践は衰退していきました。しかし、日本語文法指導は、その後、香川聴覚支援学校、久留米聴覚特別支援学校、沖縄ろう学校、沖縄の難聴学級などの先生方によって引き継がれ、現在も継続されています。
以下、どんな内容の指導をしたのか、詳細はこのHPの各記事やYouTube動画などを参照していただくとして、概要だけを紹介しておきます。
助詞の指導

助詞は、「が、は、を、に、と、の」など一文字の助詞(格助詞)を中心にまず指導します。その時に使用するのが手話をベースにした記号です。例えば、助詞「で」には、ある場所での動作行動に使う「で」という意味用法があります。「学校で勉強する」といったときの「で」です。その時の「で」の助詞手話記号は、「場所」をあらわす手話を使います。
今回の記事では、「これを 酸素で 燃焼させた時のエネルギー・・」というのが出てきますが、この「で」は、左の上から3番目。手段・方法の「で」で、「使って」という意味があるので、助詞手話記号は、「使う」という手話を使います。
動詞・形容詞・文末の「です」(助動詞)の活用指導

次に指導するのは、動詞の活用です。ただ、国文法で指導すると失敗します。国文法は子どもの日本語の指導のためのものではなく、日本語の文法構造の研究の結果として出てきたもので、微に入り際に渡っていますので小学生には使えません。日本語教育では、動詞は1グループ(国文法の五段活用)、2グループ(同上一段、下一段活用)、3グループ(同カ行変格、サ行変格)に分けますが、やや難しいのは1グループ活用。しかし、変化のパターンが理解できれば小学1年生でも学習可能です。左のような動詞活用のための用紙を準備して指導します。動詞のその他の活用の指導、形容詞活用の指導なども順次行います。
構文の指導


日本語の文は単語を一列に並べて表示されます。今回の記事に出てくるような長い文もあります。長くなるとどこがどうつながっているのかわかりにくくなります。そこで、文の構造をわかりやすくするために「品詞カード」という視覚教材を使って、二次元上に並べていきます。上の例文では、4階だての構造になっていることがわかります。文節で切ったところがそれぞれの階です。「きのうね、私はね、家でね、テレビをね、見ました」ですね。そして各階の文節は、必ず文末のことばに繋がります。「述部」というのは、ひとつの文では最後にひとつあるだけです。
また、それぞれの階ごとの単語(助詞を含む)を入れ替えてもよいのが日本語のルールです。この例文では、「きのう」が一番上の階に来ていますが、「家で」を一番上にもってくることもできます。さらに、これらの各単語は、「いつ、どこ、だれ、なに」の文の要素にもなっていますから、それを使って質問文を作ったりすることもできます。
また、もう一つ指導しておきたいのは、日本語にも「文型」があることです。例えば、「私は 見ました。」と言ったとします。そうすると、「なにを 見たの?」と問いたくなりますよね。「見ました」という動詞には、「~を」という目的語が必要なのです。このような文型が、日本語には5つほどあると言われています。それが下の形です。こういう文型についても学習しておきます。この基本のかたち(文型)がわかると、長い文に出会ったときも、基本の構造がみつけやすくなります。
そこで、今回の記事に出てきた問題文を視覚化・構造化してみましょう。以下のような図になります。まず、文頭の「ガソリン車は」これがいわゆる主語です。次に文の最後部である「述部」をみると、「利用している」です。「ガソリン車は・・・利用している。」これが土台になっていることがわかります。「利用している。」は「何を」を必要とすることばですから、「何を」に当たる語を探します。そうすると少し前にある「エネルギーを」が該当することがわかります。「ガソリン車は、エネルギーを 利用している。」
実は、この文は、似ている部分がもう一つあります。「ガソリンは・・・燃料を 燃焼させ」という前半の部分です。このような、かたちの文を複文と言います。前半部分が従属節、後半部分が主節です。


日本語文法指導によって、難聴児の「文を読む力」は伸びたか?
今回の新聞記事に即して言えば、「難聴児の読解力は、機能語を学ぶことによって伸びたか?」ということです。データを見てみましょう。


まず、Reading Testの結果をみてみます。この聾学校が文法指導を開始したのは2008年。その9年後の2017年のデータが赤点線です。文法指導最盛期の子どもたちの結果ということになりますが、高学年になっても読書学年は学年対応で進んでいます。さらにその5年後の2022年のデータは、学年対応より少し低めですが、高学年になっても低学年レベルで停滞するという現象は起きていません。
また、次のデータ、Jcossの結果はどうでしょうか? 2008年頃のJcossの結果(B校黄緑色)は、高学年児童でも年長レベルから低学年レベルで停滞していましたが、2023年は、そのようなことはなく、聴児のレベルにかなり近づいていることがわかります。
このような結果から考えると、難聴児が読解力をつけるために、日本語文法指導すなわち「機能語」の指導は、必要不可欠だったと言えると思います。
おわりに
難聴児は、小学校・小学部に入ると、いきなり通常の教科書を用いての勉強が始まります。しかし教科書は、きこえる子が自然獲得している日本語の力を前提に作られていますから、すぐに教科書に入って、難聴児皆が内容を理解できるかというとそうはいきません。ですから、並行して日本語の文法指導や語彙の指導が必要です。多少、国語の教科書の中身を削ってでもこのような「機能語」の指導を行う時間を確保することが、結果的に、難聴児の読解力を高めることに繋がると思います。(木島記)
