『9歳の壁』越えていますか?~「比較3問題」でチェックしてみよう!

比較3問題
この記事は約12分で読めます。

『9歳の壁』とは、言語や思考のレベルが、抽象的思考ができる小学校高学年の発達段階に到達できず、その前の低学年段階にとどまっている現象のことで、聴覚障害児の特徴といわれることがあります。言い方を変えると、客観的な思考や抽象的思考ができる「学習言語」の段階に到達できず、幼児期の特徴である「生活言語」の段階にとどまっている、ということです。「生活言語」とは、まだ自分中心の思考の段階でのことばで、例えば「りんごってどんなもの?」という質問に「この前、りんご食べたよ」などと自分の話になってしまう段階です。まだ、「リンゴってね。くだものの仲間でね・・」とリンゴについての一般的・客観的な説明は難しいのです。
 このような自分中心の段階(「自己中心性」Piajet.J)から抜け出て(「脱中心化」同)、物事を客観的に考えられるようになり、やがて様々な記号や数式などを使って、実際に見ることができないことまで想像できる世界に入っていくわけですが、その境界にあたるのが小学校3年から4年にかけての頃です。4年生になると教科書に出てくる言葉も漢字を連ねた音読みの熟語(抽象語彙)が増えてきますが(例えば「出てくる」⇒「出現する」、「増える」⇒「増加する」等)それも「学習言語」の一側面です。

 では、子どもがこの『9歳の壁』を越えているのか、それともこの壁の前で停滞しているのか、どうやって知ることができるのでしょう? 小学校5,6年生用の読書力検査や学力テストなど実際にやってみればその理解度からわかりますが、もう少し簡単にわかる方法はないのでしょうか? 今回はそれを知るための簡易な方法である「比較3問題」について紹介します。

「比較3問題」とは?

 「比較3問題」は、以下の3つの問題からなっています。

問1太郎は、みかんより飴が好き、飴よりチョコが好きです。太郎の好きなものの順番は?(小2レベル)
問2もし、ねずみが犬より大きく、犬は虎より大きいとしたら、大きい順番は?(小3レベル) 
問3A町,B町,C町,D町の4つの町がある。A町はC町より大きく、C町はB町より小さい。B町はA町より大きく、D町はA町の次に大きい。大きい町の順番は?(小4レベル)

  これらは、3問とも3つか4つのものを比較してそれらに順序をつける問題ですが、こうした問題は論理学では推移律とよばれ、A>B, B>CであればA>Cである、といった論理的な思考方法ができるかどうかをみることができます。この問題を考えたのは、岸本裕史(故人)という小学校の先生ですが、岸本はピアジェの認知発達論的な視点を加味して、この3つの問題を作ったようです。
 岸本は、①の問題がができれば小2年の実力、②ができれば小3年の実力、③ができれば小4年=「9歳の壁」)の力があると判断してよいと言っています。以下、もう少し問題について説明します。

問1(チョコ→飴→みかんの比較)について

  この問題ができるためには、J.coss(日本語理解テスト)でいえば、比較文(「~は~より+大きい・小さい」)が文法的に理解できていることが必要ですが、「みかん、飴、チョコレート」の三つの単語がわかり、「好きな順番」が問われているという意味がわかれば、助詞「~より」がわからなくても、頭の中にモノのイメージを浮かべて、誰もが「好きそうな順番」がわかれば正解する可能性は高いです。子どもが好きそうな順番とは、だいたいチョコ⇒飴⇒みかんの順。そして、問1の正解はこの順なので、問題文がきちんと理解できていなくともこの順に答えれば正解することになります。
 とはいっても、目の前にない2つのモノを頭の中に思い浮かべてそれらの「大きさ」を比べられるのは、幼児期3歳~4歳頃(『太田ステージ』StageⅢ―2後半)で、ピアジェの発達段階でいえば、本格的な概念形成が始まる「直感的思考」の段階です。また、3つのモノの大きさを比較して順序付けられるのは、その少しあとの「直感的思考」の後半(4歳~4歳半頃)にあたります。いずれにしてもまだ見た目直感的に判断している段階です。
 結局、①認知発達的には幼児期の「直感的思考」の段階に来ていてるが、次の「質量保存の法則」が理解できる「具体的操作」の段階の前で、「②三つのお菓子を比べて「好きそうな順」が予想できれば正答可能な問題ということになります。そのような要素があるので、日本語の文法レベルでは問1と問2とは構文的に大差ない文なのですが、問1が年齢的には「小2レベル」で、問2が「小3レベル」というのは、見かけに惑わされないで判断できるかという質量保存の法則の理解度による差ということだと思います。この問1(小2レベル)のろう学校高学年児童の正答率は80%、問2(小3レベル)が50%。認知レベルとしては、半数はまだ「自己中心性」(直感的思考)の段階にあり、「脱中心化」(具体的操作)が十分にできていないということになるのではと思います。 

問2(ねずみ>犬>虎の比較)について

 直感的思考の段階に続く発達段階が、ピアジェのいう具体的操作の段階(7,8歳~)です。この段階は「見かけにごまかされないで」ものごとを判断できるようになる段階です。太田ステージでは、StageⅣ後半の白と黒の碁石を使った問題で、黒い碁石と白い碁石の数は同じだが、並んだ黒い碁石の間隔を広げると、「多くなった」と応えてしまうのは、まだ「質量保存の法則」が理解できない段階です。
 このような、①「見かけ」に影響されるかどうか、②推移律という思考方法が使えるかどうかをみたのが問2です。この問題では、「ネズミ、犬、虎」を頭の中にそのままイメージすると、大きさは、ネズミ<犬<虎の順番になります。しかし、この問題②では、「もし~なら」という仮定文で、大きさは逆になっているので、本物の大きさ(みかけ)に影響されないで、文の意味の通りに読み取り、判断(文法的に正しく読み取れれば)できれば正解できます。しかし、私が調べた聾学校の児童・生徒(小学部~高等部)でこの問題が正答できたのは、どの年齢段階でも約半数でした。つまり小3レベル(岸本)にとどまっている子どもたちが聾学校には常に約半数いることになります。「9歳の壁」を前にして足踏みしている子が半数。しかも小学生から高校生までこの比率が同じということになります。

問3(B>A>D>Cの比較)について

 3つ目はちょっと難しい問題です。この段階は、ピアジェのいう「形式的操作」(11、12歳~)の段階とその前の「具体的操作」(7,8歳~10,11歳頃)の間にあって、この問題ができる子どもは、次の「形式的操作」の段階つまり本格的な抽象的思考を要する学習に入れる子どもたちということになります。頭の中に文字、数字、記号など(Symbol)を思い浮かべ、それらを操作して実在しないものについて考える力がある段階ということになります。
 これが本格的な学習言語の段階です。A>B, B>CであればA>B>Cという推移律の問題ができる力。ここにさらにDという4つ目の要素が加わるので思考はさらに複雑になります。
A>C, B>C, B>A, A>D>Cということが、問題文を読み、架空の「町」を想像し、頭の中でその大小が論理的に導き出せる力があるかどうかです。日本語力と抽象的・論理的思考力を兼ね備えた力が必要です。そしてこの段階に到達している子どもは、聾学校では3~4割ということが調査でわかりました。

聾学校児童・生徒の実態から~どうやって子どもの力を伸ばすか?

 この「比較3問題」は、機会があったときに私はいくつかの聾学校の協力を得てやってもらいました(2012~2020)。その結果をまとめて3つの段階に分けて表したのが上図の右側3つの棒グラフで、小学部高学年は2校32名の平均値、中学部は6校87名、高等部は5校59名のそれぞれの問の正答率の平均値です。また、左端の公立Pろう学校小高平均値(4~6年)については後で解説します。
 なお、最初にこの「比較3問題」を聾学校高等部で1990年代に実施した脇中(2009)による結果(28名)は、この記事のアイキャッチ画像の右端の数値をご覧ください。それによると問1正答率は80%、問2同50%、問3同40%ですから、上図高等部平均の正答率とだいたい似た結果です。

問1正答率について

 これらの結果から、問1は年齢・学年に関わらず8割の子どもが通過していること。逆に言うと、問1の「直感的思考」段階・後半レベルの問題でも理解が難しい子どもが、小学生から高校生まで年齢を超えてどの年齢段階でも同様に、聾学校に2割程度存在することも明らかになりました。これらの子どもたちには、思考と日本語の両面からの基礎的な指導・支援が必要であることもわかりました。具体的には、①比較概念(「反対ことば」「仲間集め」など)を伸ばす取り組み、②日本語の語彙の拡充や2語文、3語文での読み書きが文法的にきちんとできる力をつけるといった支援・指導と思います。

問2正答率について

 また、問2の正答率から、見かけにごまかされないで思考できる子どもが学年・年齢を越えて半数いること、逆に言えばまだ見かけに惑わされる子どもたちが半数程度存在することがわかりました。「具体的操作」の段階を越えた子どもたちとまだ超えられていない子どもが半々という結果です。この問2でつまずいている半数の子どもたちの指導・支援は、まず、①日本語が文法的に(とくに助詞や動詞の活用)理解・表現できる力をつけることが必要です。と同時に、自分中心の思考から脱却するために、②自分の思考や思い・気持について考える、自分とは違う他者の思考や気持ちに目を向ける、一つの考えが出たらそれ以外の考えはないかなど「他」に目を向ける思考や他のものと比べる力をつけるなどが必要と思います。

問3正答率について

 そして問3ですが、これは学部によって差がありました。小学部高学年でこの問題が正解できる子は小高や中学部で3~4割程度、高等部で4割程度でした。言い方を変えると、聾学校児童・生徒のうち「9歳の壁」を越えて抽象的・論理的思考ができる段階に到達できるのは、4割くらいということでしょう。では、残り6割の子どもたちは、どうやって抽象的・論理的思考ができるようにしていけばよいのでしょうか? ここに関しては、公立Pろう学校の取り組みについて紹介したいと思います。

どうやって改善したか?

小学部で取り組んだこと

 「比較3問題」は、日本語力と思考力の両面が反映した結果ですが、まず、日本語を文法的に正しく理解する力の向上に取り組んだのがPろう学校です。Pろう学校では日本語の文法力を把握するためにJcoss(日本語理解テスト)を用いていますが、その中に「比較表現」という項目があります。「〇〇は××より大きい」という文を読んで正しく理解できる難聴児は実は半数以下です。「~より」という助詞の意味が読み取れていないのです。このような、助詞や動詞・形容詞の活用など日本語の文法力の改善に、視覚的な方法を取り入れて取り組みました。その詳細については下記の記事をみていただくとして、その結果、日本語の読みの力は大きく改善しました。その力は確実にこの「比較3問題」を読み取る力に反映したと思います。その結果が上図左端の問題別平均正答率(2020年32名)です。小学部低学年時に文法指導に取り組み、そこで力をつけた子どもたちが高学年になったときの平均正答率が、この問1正答率97%、問2同78%、問3同50%という数値です。
 また、小学部だけでなく乳幼児相談や幼稚部で取り組んだことも以下に紹介しておきます。小学部だけでなく、乳相や幼稚部での取り組みによって文法指導以前の基礎が築かれていることも忘れてはならないことだと思うからです。
    (*)本HP/TOP>「幼児に助詞を教える方法~助詞カードであそぼう!」参照

乳相や幼稚部で取り組んだこと

  ただ、言語の力や思考の力の問題は、乳幼児相談・幼稚部などそれまでの受けてきた支援と教育の積み重ねの結果でもあるのは確かです。それゆえに幼稚部や乳幼児相談の段階でも、言語や思考の力を伸ばすための取り組みは大切です。

幼稚部で・・

 聾学校幼稚部では、どこでも絵日記や絵本の読みきかせを大切にして取り組んでおり、これはこれでとても大切です。しかし子どもの獲得している日本語の語彙の量と質(概念の豊かさ)という点では、課題を残している子どもも少なからずいます。例えば、WISCⅣには「類似」とか「単語」といった問題が含まれていますが、年長さんでも「類似」の「リンゴとバナナの同じ点・似ている点は?」といったものの共通概念を問う問題に答えられないとか、「単語」の「傘ってどんなもの?」といったものの概念を問う質問にことばで説明できない子どもたちもいます。こうした上位―下位概念といったカテゴリーの概念や帰納的な推論の力、ことば(もの)をことばで説明する力を伸ばすために、モノやことばをとり出してそれらをまとめて整理することに取り組んだり、ことばを使った思考力を伸ばすことば遊びも大切にして取り組んできました

乳相で・・

 乳幼児相談では、①成人聴覚障害者本人(ロールモデル)との出会いや、②手話との出会いを大切にして取り組んできました。これら二つの実践は、親子関係の関係改善につながり、それは子どもの自己肯定感を促すことに繋がってきましたし、0歳からの手話という言語の獲得は、子どもの言語発達やコミュニケーション・対人関係能力の発展につながってきました。思考そのものは言語がなくてもある程度は可能ですが、言語を使った思考のほうが他者とも通じ合え、言語があることでさらに思考を深めることが可能になります。1歳で初語(手話)が出て、2歳では2~3語文、3歳では手話での日常会話は困らない。日本語と結び付けていくのはその頃からです。発達早期から言語をもって生活するということは、人とのかかわりを豊かにし、物事の概念や知識を広げていくという点で大きな効果があったと思います。
 
 このような乳幼児相談・幼稚部での取り組みの上に、小学部での文法指導が成り立ち、その結果として、比較問題にみられる成績も向上したのだと思います。それが左端の棒グラフ2021年の高学年児童32名の結果です。問1の正答率は90%以上。問2は80%近く、問3は50%です。高学年児童の約半数が「9歳の壁」を越えられるようになったといってもよいと思います。なぜ、文法指導が比較問題の問3の正答率向上につながったのか? その理由は、日本語が正しく読み取れるようになったからです。そして、あとは自分の頭の中で、その記号が動かせたからです。検査場面なら、問題プリントを読みながら、空白部分に記号を書いて大小関係を考えればいいだけです。これも「具体的操作」の思考の延長といってよいでしょう。
 ここからは筆者自身の勝手な推測ですが、問3を正解できるきこえない子どもは、あと10~20%くらいはいるだろうと思います。中学・高校段階で伸びる子たちです。そうした子どもたちは、これまで言われてきたような社会からの要望(下図参照)にもきちんと対応できるのではないかと思います。
 また、ろう学校で日本語力を身につけたこの子どもたちの中学・高校終了後の進路をみると、大学・短大等への進学が増えてきているのも事実です。これも「9歳の壁」を越える子どもたちが増えてきたことの間接的な証明といってよいのではないかと考えています。

参考になる記事・書籍

*「幼児に助詞を教える方法~『助詞カード』であそぼう!」https://nanchosien.blog/how-to-master-particle/#particle-position-3

☆『きこえない子のための新・日本語チャレンジ』 難聴児支援教材研究会 1,600円 R6年度より特別支援教育一般図書(教科書)指定 https://nanchosien.blog/challenge/#challenge

★『聴覚障害教育 これまでとこれから』 脇中起余子 北大路書房 2,630円 

タイトルとURLをコピーしました