「学習言語」の世界に入れる力、大丈夫?~年長・低学年時のWISC検査のここに着目!

生活言語と学習言語
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生活言語から学習言語へ

「学習言語」の世界の特徴

 小学校5年生の算数で「割合」を学習しますが、この「割合」というものは、目に見えるものでも実際に存在するわけでもありません。あくまで頭の中で考えられた抽象的な概念です。また、物理学や化学の世界では、さまざまな現象を数式や化学式といった高度に象徴化された記号を使って表したりもします。このような抽象的な世界が理解できるためには、目に見えないものを想像したりイメージする力が必要です。この力が象徴能力(表象能力=実物の代理物=symbolです。この象徴能力によって、私たちは文にかかれていないことをイメージして読み取ったり、他人の心を想像したり、実際に見ることのできない物理学的・化学的な現象を理解したりすることができます。こうした学びの世界が「学習言語」の世界です。
 象徴機能がうまく働くようになると言語やイメージなどの象徴(symbol)を使うことで,実物を離れ,頭の中でいろいろ思い描いたり,筋道を立てたり,分類したり,関係を操作できるようになります。

 一方で、「生活言語」の世界(=幼児期の世界)は、まだ自分のことや身の回りのことでの理解が中心なので、物事を自分の経験と結び付けて考えます(これを「自己中心性」とよんでいます)。そうした主観的な世界から、学習言語という客観的な世界へ入っていくためには、象徴機能のレベルアップが必要で、自分のこと・自分の経験から離れて(「脱中心化」頭の中で、対象となっているものについて思考できる力(客観的な思考)つまり象徴機能を使いこなす力が必要なのです。では、象徴機能の発達が、学習言語の世界に入れる段階にきているかどうかをみるにはどうすればよいでしょうか? その時期は、幼児期後半から小学校低学年あたりなのですが、今回はWISC(ウィスク)という発達検査を使って、年長頃にその力を見極め、またその力を伸ばす方法について考えてみたいと思います。

WISC(ウィスク)ってどんな検査?

 WISC(ウェクスラー知能検査)は、就学時健診や難聴児の認知・言語の評価などに用いられる検査です。「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」の4つの指標(領域)があり、それらの指標が同年齢集団の中でどんな位置にあるのかをIQ(合成得点)で算出したり、上記4指標中の各下位検査評価点等から、子どもの得意な領域や苦手な領域を見出し、その後の支援や指導に活かします。
 また、これらの4つの指標の中で、一般的な知的能力を測定していると言われているのが「言語理解」と「知覚推理」の二つの指標です。難聴児は、視覚・運動系の認知能力を測定している「知覚推理」は聴児と変わりませんが、言語系を測定している「言語理解」が苦手な子が多いです(きこえないから当たり前ですが)。
 しかし、この「言語理解」は、書記日本語力や学習言語、学力といったことと関係するので、「言語理解」に含まれる内容について、とくに幼児期後期(WISC適用年齢は5歳以降)から小学校低学年の段階で子どもの支援・指導に活かすようにします。とりわけ「言語理解」の中の3つの下位検査のうち、「類似」と「単語」が将来の日本語力や学習言語習得と大きく関わるので、今回はそこに焦点を当ててお話しします。

「りんごとみかんは、どこが似ている?」

 6歳頃になったら、自分自身の経験を離れて、一般的なことばの理解や表現ができる力が育ちつつあるか、こうきいてみます。りんごとみかんはどこが似ていると思う? どこが同じと思う?この質問に「ぼくはみかんきらいだ」とか「りんごは大きいけどみかんは小さい」など、自分の経験を話したり、同じところではなく違うところを答えたりする子どももいます。何を聞かれているのか意味がわからないというきょとんした表情の子どももいます。ものを頭の中にイメージして、両方のものの共通の概念を取り出したり、それらの上位概念のことばが言えたり、似ているところをことばで的確に説明したりする力の育ちをみているのですが、自分の経験を話す子はまだ「自分の世界」(主観的世界)にいる子どもたちです。それらのもののイメージを頭に描き(対象化して)、それらの二つのものの概念をことばで取り出し、それらの概念を比べて、「両方とも食べるもの、皮がある、果物」といった共通の概念をことばで考え出せる力が育っている子どもは、頭の中にイメージを描く力やそれらを比べる、くくる、同じ点をことばで説明するといった象徴機能が育ち、思考力が育っていることになります(「脱中心化」「客観的世界」)。頭の中でいろいろとイメージやことばを思い浮かべ思考できる力、これが抽象的思考に繋がっていくのです。こうした力の育ちを、WISCでみるときは、「言語理解」指標の中の「類似」という下位検査の中でみます。
 そして、そこに苦手感があることがわかったら、どんなことをすればよいでしょう? 私がお薦めしている方法は、「ことば絵じてん」を作って「もの」やことばをカテゴライズして整理する方法です。下にその例を紹介しました。これはある聾学校の年長さんの例ですが、反対語(形容詞)を集めてノートに整理したり、一文字のことばを集めたり、ものの数え方を整理したり、足すとか引くといったときの言葉の使い方を整理したりしています。これはことばを視覚的に整理して覚える(しかも何度でも見れる)というメリットがあるので、ぜひお子さんと一緒に作ってみるとよいです。きれいにまとめなくても、「これ整理しておくといいな」と思ったときに、鉛筆書きでササッとリアルタイムにやるのでよいです。
 それから、ことば同士のさまざまな関係をワークでやるのもよいです。本会で出版している『ことばのネットワークづくり』は、おすすめの一冊です。

「りんごってどんなもの?」

 二つ目の子どもへの質問は、りんごってどんなもの?」「スマホってなに?と身近にあるものについてきいてみます。「ごはんのあとに食べるものだよ。くだものかな」「遠くの人と電話したりメールしたりするもの」といった、モノを頭の中に浮かべながらも、ことばでそのものについて説明する力が育っているかどうかをみてみます。
 実物を離れて頭の中で思考し、それをことばという象徴機能を使って、だれにもわかるように一般的に説明できる力がどのくらい育っているでしょうか? ことばをことばで説明したものの典型は国語辞典ですから、小学生になってことばの意味が分からない時、国語辞典を調べてそこにかかれている文の意味が理解できる力があれば、その子は学習言語を身につけていると言ってよいと思いますが、それは小学校4年生くらいになった時にできればよいです。年長の時期なら、身の回りのモノについて、例えば「コップってなにするもの?」⇒「水とかジュースとか飲む時に使うもの」「スマホってなに?」⇒「遠くにいる人とメールするもの」「何かわからないときにいろいろ調べるもの」といったこたえができれば上出来です。 ただ、日常生活での会話(生活言語)の中では、「コップってどんな時に使うの?」とか「スマホで出来ることってなにがあるかな?」などというやりとりはしないのが普通です。
 しかし、子どもの思考する力を伸ばすためには、″あえて”このようなもう一歩つっこんだ会話が必要です。また、ことばを使ってさまざまな遊び(ことばあそび)をすることもことばの力や考える力を育てますから、かるた、すごろく、「あのつくことば」、反対ことばあそび、しりとり、なぞなぞ、ことばビンゴ等々、ことばを使ったあそびをたくさんするとよいです。頭の中でことばを動かせる力を育てるわけです。とくに下の例のような「連想ゲーム」や「なぞなぞ」はおススメです。モノを思い浮かべて思考する力、たとえる(比喩)力、ことばをことばで説明する力が育ちます

「類似」「単語」の力が伸びると、何が伸びるか?

 ことばとことばの関係を考えたり(「類似」)、ことばをことばで説明する力(「単語」)は、将来、どんな力に繋がるのでしょうか?それを調べたのが上のグラフです。WISCの下位検査「類似」と「単語」の評価点(最低0から最高19までの20段階であらわした数値で10が中央値。9~11がその年齢の子どもの半数が入るレベルです)。
 最初の点グラフは、聾学校難聴幼児(年長時)の「類似」と「単語」の評価点を足した数値を縦軸にとり、その子どもたちが成長して小学校4年~6年の時に実施したときの読書力検査(4~6年各1回実施計3回)の偏差値の平均値を横軸にとって、一人一人の値をプロットしたグラフです。こうしてならべてみると、年長時の「類似」「単語」の成績と小学校高学年時の読書力偏差値(読みの力)とがよく相関していることがわかります。
 
 二つ目の棒グラフは、年長時のWISC「類似」「単語」の評価点合計が18以上(すなわち平均レベル以上にある)の幼児18名を「到達群」、評価点合計18未満の幼児14名を「課題群」として分け、その子どたちが高学年になったときの読書力偏差値の平均値を比べたものです。「到達群」は小4~6年時の読書力偏差値の平均は59.8、「課題群」は同46.5で、1%の有意水準で平均値間に差があることがわかりました。

 以上のことから、幼児期から小学校低学年頃に、WISCの「類似」「単語」の力を伸ばすことが、学習言語段階(小学校4~6年時)での読みの力(語彙・文法・読解等)に繋がると言えるのではないかと思います。

参考になる記事・書籍

☆難聴児の認知・言語の発達(7)~「学習言語」につながる幼児期の「考える力」5選https://nanchosien.blog/ability-to-think-best5/#best5

☆『ことばのネットワークづくり』 難聴児支援教材研究会発行,1,200円(税なし)
https://nanchosien.blog/network/#network

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