これまでの発達のプロセスと関わり方のポイント(まとめ)
子どもとの最初の関わり方のポイント~安定した親子関係を築く(0~1歳代)
難聴児の認知・言語の発達(1)から(6)までのシリーズで、生後半年頃から始まる象徴機能(Symbol)の発達と親子関係の構築、1歳前後からの言語(手話)獲得、そして2~3歳からの日本語(音声・指文字・文字)の獲得の過程について書いてきました(注:年齢は目安で個人差があります)。その過程で、まず最初に大事なことは、安定した親子関係(愛着関係)の構築です。「きこえない・きこえにくい」ということは、音声言語での親の語りかけが、きこえる子のようには自然にはいきません。例えば「ワンワンいるね~」と難聴の赤ちゃんの横から「話しかけて」も赤ちゃんにはわかりません。一緒に見ているワンワンをお互いの視野に入れて今ここでの体験を共有するためにはそのためのちょっとした工夫と配慮が必要です(*「難聴児の認知・言語の発達(2)~0,1歳代の関わりのポイント5選」参照)。この最初の関門をうまくクリアし、赤ちゃんとの安定した親子関係を築くことが、その後の発達を促していく上でもとても大切です。
二つ目の関わり方のポイント~複数のものごとを関連づける(1~2歳代)
二つ目の関門は、1歳前後に初語(手話)が出て、だんだんと語彙の数が増えてくる1歳後半から2歳頃にやってきます。この頃育ってくる発達の土台となる力は、「複数のものを関連付けて考えられる」ということです。それまでは、ことばを覚えても1対1的な面がありました。例えば、うちの犬は「ワンワン」でも、よその犬はそうでなかったり、猫も含めて「ワンワン」であったりなど、まだモノの名前を共通のカテゴリーでとらえきれない面がありました。それが2歳近くになると、①「ワンワン」は犬種が違っても「ワンワン」とまとまりで理解できるようになってきます。また、それまでは単語だけの一語文で自分の要求を伝えていましたが、②動詞や形容詞を獲得しはじめ二語文が使えるようになってきます。
さらに、③身辺自立の面では、朝起きたら着替えをする、着替えをしたらトイレに行くといった生活のルーティンを理解し、一連の行動を自分からやれるようになってきます(スクリプト)し、④ままごとでもコップだけで飲む真似をしていた頃からお皿にコップを載せて(二つのものを関係づけて)「どうぞ」と出せるようになってきます。⑤数の面でも「2」「二つ」がわかるようになります。
この頃の関わりのポイントは、複数のモノ・コトを関連付け、子どもの遊びをひろげるかかわりをすることです。そして、関係づけることば(「~と同じだね」「~と~は仲間だね」「~だから~になったんだね」「~みたいだね」など)を使うことです。それによって、ものごとの概念が豊かになり、子どものあそびもイメージが膨らみます。(*『難聴児の認知・言語の発達(5)1語文から2語文へ~複数のことを関係づける力の発達』参照)
生活言語・学習言語とは?
言語(language)には、主に幼児期の日常生活の中で用いられる「生活言語」(=「一次的ことば」,岡本夏木1985)と、学童期とくに高学年以降の学習場面で数式や記号を用いて実在しないものについて考えたり、論理的な思考をするときなどに用いられる「学習言語」(=「二次的ことば」,同)に分けることができます。大雑把に言えば、会話に用いられる「話しことば」は前者であり、読み書きに用いられる「書きことば」は後者に入ります。
例えば、「論理的な思考」とか「客観的」「主観的」といったことば(単語)は「生活言語」(主に幼児期での日常会話)のレベルでは使いません。「学習言語」のレベルで使う抽象的な語彙です。
また、幼児期は自分中心に思考している段階(「自己中心性」)なので、ことばの理解、ものごとの理解、人の気持ちの理解などが、自分を離れて客観的には出来ません。自分中心にしか発想・思考できないと科学的なアプローチや論理的な思考はできないので、自分中心の世界から抜け出て(「脱中心化」)、客観的な思考ができるようになることが学習言語の段階に入るためには必要です。そして、この移行には、周囲から自然に情報・知識を得たり(「偶発的学習」)、日常会話の中で“自然に”日本語の語彙や文法力・運用力を身につけることのできる聴児でもその移行に数年かかります。まして、周囲から自然に情報・知識を獲得したり、自然に日本語の言語力がつくわけではない(つまり耳からの「偶発的学習」が出来ない)難聴児には、ハードな課題といってよいでしょう。そのはざまに生じる移行の難しさ・停滞が「5歳の坂」(齋藤佐和)とか「9歳レベルの峠」(萩原浅五郎)といわれる現象です。では、そうした困難さはどうすれば超えることができるのでしょうか?
幼児期に身につけたい5つの思考方法・概念
幼児の言葉である「生活言語」の段階からやるとよいこと、将来の抽象的思考の段階である「学習言語」につながることって何でしょうか?
「考える」の代わりに抽象度の高い「思考する」を、「ことば」の代わりに「言語」という表現を使うなど、抽象語彙を早くから使えばよいのでしょうか?そういうことではありません。幼児期にできることは、将来身につけたい広い視野から物事を考える抽象的思考や、筋道立てて物事を考える論理的思考の土台となる思考方法やものごとの概念、そこで使用する語彙を習得し、そうした思考方法や概念、語彙などが生活の中で使えるようにすることです。
では、将来の学習言語すなわち抽象的思考や論理的思考につながる思考方法の中で、幼児期から身につけさせたい思考の方法にはどんなものがあるのでしょうか? 私たちが日々使っている思考方法や概念には様々なものがありますが(上図参照)、その中で、幼児期の比較的早い段階(幼児期前半頃。但し個人差あり)からその習得に取り組むことができ、継続して取り組んでいくとよいことを、重要度の高いと思われる順に5つ取り出してみました。ここではそれら5つについて説明します。ただ、一度に全てに取り組まなくても、それぞれの子どもの発達や興味・関心に応じて、できることから取り組んでいけばよいと思います。ぜひ、この5つのことを頭の片隅に置いて、使うチャンスがあったらお子さんとの会話の中で使ってみていただきたいです。
分類・カテゴリー
ものの名前は上位―下位概念というカテゴリー構造をもっている
ものの名前がもしカテゴリーで括られていなかったらどういうことが起きるでしょうか? 一つ一つのものがすべて違った名前・概念を持つわけですから、私たちは膨大な量のものの名前を別々に記憶しなければなりません。それは到底不可能なことです。ところが難聴児はそれに近い状態に置かれています。「りんご」「みかん」「ぶどう」「バナナ」といった基礎語は、目に「見えている」ものなので一応それぞれの特徴を把握でき、区別してその名前を覚えることができます(同じカテゴリーに括り、名前をつけられる)。しかし、それらのものがさらに大きな共通点で括られ、その括りにつけられた「くだもの」ということば(上位概念)は、「くだもの」というものが単体で存在するわけではないので(つまり目には見えない)、聴児のようにどこかで「聞きかじって」知識を得るということができない難聴児は、あえて意図的に教えられない限り知ることができません。これが難聴児が語彙が少ないといわれる最大の要因です。では、どのような対応が考えられるでしょうか?
難聴児の語彙習得の問題点とその対応
難聴児の語彙の少なさの要因の一つは、ものの名前がバラバラになっているために、①記憶に大きな負担がかかり覚えられない(結果的に語彙数が少ない)、②上位概念ー下位概念というカテゴリー構造が作られておらず、新しいものに出会ってもそれが何であるか予想ができない(=「即時マッピング」ができず、結果的に語彙が増えない)。③上位概念がさらにまとまってより大きな共通の概念でくくられるというシステム(Mental lexicon)が構築できない(結果的に抽象語彙が習得できない)。
このような問題を解決するためには、視覚的・直感的にその仕組みが理解できる工夫が大切です。それが「ことば絵じてん」作りです。最初は子どもの興味・関心に基づいて、関連するものの絵や写真を集めてノートに貼り、その括りに「名前」をつけるというものです。子どもの生活に関連するものを集めて括ることから始め、いろいろなものを取り上げて括っていくとよいでしょう。ただ、子どもは自分に直接関係ないことや興味を持てないものには目を向けてくれないので、どうやって興味を持たせるかという工夫が大切です。うまく興味・関心を引き出せると、ことば絵辞典作りの効果は大きいです。
比較概念
比較概念は、比較的早い段階から取り組めることの一つです。事例のように、生活の中で出会ういろいろなもの・ことの中で、「大きい・小さい」「長い・短い」「明るい・暗い」などのことばを使い、対立概念とことばを覚えていくようにします。また、「反対語かるた」や反対語ゲームなどで楽しく概念・語彙を身につけるよう工夫するとよいでしょう。
比喩・類推
比喩は、事例のように「ごみ袋」を「サンタさんの袋」に、「粉のティッシュ」を「雪」になど、実際にはちがうのものに、似ている点(類似点・共通点)をみつけ、「~みたい」「まるで~」などと見立てる力です。実物を別の何かに見立てる力を象徴機能(symbol)と言いますが、抽象能力の発達には豊かにイメージする力は欠かせません。
例えば、比喩の力は「なぞなぞ」においては比喩を使ったタイプのなぞなぞの理解につながります。この比喩タイプのなぞなぞは、ことばの意味通りに考えても答えはわかりません。その奥にあるもう一つの意味を推測する必要があります。この力は、「空気を読む」とか「相手の言っていることの奥にある意味」を推測する力につながります。また、高学年(学習言語段階)の国語で出てくる慣用句やことわざの理解につながります。
因果関係
原因を問う質問・応答の関係が理解できるのは年長児の課題と、口話法時代のろう教育では言われていましたが、現在は発達早期から手話という言語を習得することから、3歳代で理解し使う子どもたちが増えてきました。事例のように、日々の生活の中で、「どうしてだと思う?」「そのわけは~」「~だから~」などのことばを使っていくようにするとよいでしょう。
仮定思考
「もし~なら~」という思考は、現実の出来事と仮定・空想上の出来事との区別ができ、空想上のことがイメージできることが必要です。難聴3歳児の日常会話の中ではあまり取り組まれておらず、保護者記録の中にも見当たりませんでしたが、科学的な思考には「仮説」を立て「検証」するという方法が欠かせません。幼児期においても子どもとの会話の中で、「もし、傘を忘れて出かけて雨が降ったらどうする?」「電車に乗るときお金がなかったらどうする?」「もし、モノに名前がなかったらどうなる?」など、それぞれの子どもに合わせて問いかけ、考えさせるやりとりをするとよいでしょう。
参考になる記事・書籍など
☆「体験したこと、『ことば絵じてん』にしてみませんか?」https://nanchosien.blog/category/viewing-material/dictionary/#wordpicturebook
☆『ことばのネットワークづくり』 難聴児支援教材研究会 A4版 55頁 1,200円(税なし)https://nanchosien.blog/network/#network