はじめに~セルフアドボカシーについて
セルフアドボカシーとは、難聴児・者が自分の困りごとや必要な配慮を自ら伝え、権利を守る力とされていますが、世の中には、未だに「差」がないことが「平等」ととらえる向きがあり、障害に「配慮しない」ことが「平等」であり、「配慮する」ことは「逆差別」という考え方が残っています。
しかし、これではいつまでたっても実質的な「差」が縮まらず、障害ある側は、いつまでたってもスタートラインにすら立てないことになってしまいます。
例えば、車椅子を使用する人にとっては道路の段差は大きな負担ですし、視覚障害者にとっては駅のホームドアは命を守るために必要であり、聴覚障害者にとっては手話通訳や字幕等の情報保障が不可欠です。そして、それが当たり前に保障されることが「共生社会」と言えるのだろうと思います。
とはいっても、今の日本の社会はこれまでの長い障害者差別の時代から少しずつ抜け出しつつある時代ですから、正当な主張だと思っていても、すぐにそれが受け入れられるかというと、ことはそう簡単ではありません。法律や制度が変わったからといって、人の心はそう簡単には変わりません。世の中には4つのバリア(物理的バリア、制度的バリア、文化・情報的バリア、心のバリア)があると言いますが、その中でも最も強固なバリアは、私たちの心の中にある「心のバリア」です。
話が飛びますが今日、7月26日は、相模原事件(津久井やまゆり園事件)からちょうど10年という節目です。記憶に残っている方もいらっしゃると思いますが、相模原市の重度知的障害者施設で起こった大量殺人事件です。19名の方が深夜寝ている間に凶器で殺害されるという痛ましい事件。単独で犯行に及んだ植松聖は、「重度障害者は社会に不要」という差別的思想にとらわれての犯行でしたが、当時のSNS上では、植松の犯行を擁護するかのような意見が少なくなかったことを記憶しています。「なぜ税金を出してまで障害者を支えねばならないのか」といった、役に立つか立たないかという生産性や効率性で人の命の重さを測ろうとする論調は確かにありました。このような、私たちの心の奥のどこかに潜む内なる優生思想を、この事件は改めて引き出したのでした。「不良な子孫の出生を防止」するためという優生保護法が廃止されたのが1996年。それから20年経過していましたが、私たちの心の奥深くには、まだまだ障害者差別の心の根が残っているのだと改めて思う事件でした。
さて、現代日本の社会は、障害を「社会モデル」で理解する、すなわち、障害とは健常者と障害者の間を隔てている「障壁」(バリア)であり、その障壁を取り除くことが社会の側の義務と考える方向に徐々に移行しつつある時代なのだと思います。私たちの障害者観・価値観も発展途上なわけです。
そのように考えると、障害児・者側も、いわゆる健常者側に対して、「配慮があって当然」(本来は当然なのですが)という正当性だけを主張するのではなく、相手の立場にも考慮しつつ、丁寧に、粘り強く、交渉を続けていく力をつけることが大切だろうと思います(*これを身をもって実践されてこられたのが聾の弁護士田門浩氏です。田門さんについては以下の記事をぜひ参照して下さい。何度も何度も門を閉ざされながら(高校受験、大学受験、司法試験)それでも粘り強く挑んでいった田門さんの誠実な人柄とめげない努力は、自己肯定感の相当高い人であることの証しです。
★「ろうの弁護士田門浩氏の保護者講演より」https://nanchosien.blog/deaf-lawyer/#tamon-hiroshi
幼児期からどうやってセルフアドボカシーの力をつけていくか?
ちょうど1年ほど前に、上記の事をテーマにして記事を書きました。そして、その中で、以下のような力を育てていきたいと書きました。
| ①親子の愛着関係に基づく自己肯定感の土台を育てる |
| ②そのことによって自分の障害を否定しない自己認識を育てる |
| ③自分で選ぶ・決めることができる主体性を育てる |
| ④他者の心を想像する認知的共感の力を育てる |
| ⑤集団の中での葛藤経験を通して対人的スキルを身につける |
また、中等度難聴幼児を育てておられる保護者に、とても貴重な記事を書いていただきました。
その方は、3歳頃から就学に至るまでの3年間、以下のような実践をされてきた方です。
· 難聴を事実として肯定的に伝える
· 補聴器を隠さず肯定的に扱う
· 聞こえなかった理由を環境要因として言語化する
· ロジャーを使い「聞こえる日常」を作る
このような幼児期からの積み重ねによって、将来のセルフアドボカシーの力を育てる実践です。そして、その実践からさらに1年が経ち、新たに以下のような実践の報告をいただきました。お子さんはどのように育ったのでしょうか? 以下、紹介したいと思います。
1学期を終えて
わが子は、この春に地域の小学校へ入学し、無事に一学期を終えることができました。 学校での様子をすべて見ることはできませんが、入学にあたって私がまず大切にしたのは、子どもが安心して学び、周囲の人と関われる環境を整えることでした。
学校での環境づくり
学校には、主に次のような配慮をお願いしました。
①入学式などの学校行事を含めたロジャーの常時使用
②クラスでの難聴理解授業
③クラス編成・座席への配慮
また、担任の先生とは月に一度、教育相談の機会を設けていただき、学校での様子や家庭で気づいたことを共有しています。ロジャーの運用や授業の進め方などは、今も学校と相談しながら 試行錯誤しています。
難聴理解授業については、当初私が想像していた内容とは少し異なりました。しかし一年生という発達段階を考えると、まずは難聴や補聴器、ロジャーの存在を知ってもらうという内容が適切だったように思います。
授業では、
①動画「なんちょうなんなん」の視聴
②担任の先生から難聴についての説明
③難聴は治るものではないこと
④補聴器やロジャーについての紹介
などが行われました。その後は、班活動でロジャーを机の中央に置いたり、息子の方を向いて話したりする姿も見られるようになりました。ペアになった子が自然にロジャーを首から下げてくれたこともありました。難聴やロジャーを特別視するのではなく、「わが子に必要なもの」として自然に受け入れてくれている様子を、とても嬉しく感じています。
周囲の理解も含めた環境づくり


この大切さについては、私自身がPTA活動の中でも考えさせられる出来事がありまし た。PTA役員の中にも難聴のある方がいます。その方が必要な配慮をお願いした際、周囲に難聴への理解が十分ではなかったため、その意図とは異なる受け止め方をされてしまう場面がありました。この経験から、本人に必要なことを伝える力があっても、周囲の理解がなければ必要な配慮につながらないことがあると、改めて感じました。その意味でも、周囲への難聴理解を働きかけることは、本人が将来自分らしく生活していくための大切な環境づくりの一つだと考えています。
私が環境づくりを大切にしてきた理由は、単に「今、聞こえやすくするため」だけではありません。 聞こえないことに自分で気づくためには、まず「聞こえる状態」を日常的に経験することが大切だと考えているからです。 聞こえることが本人にとって当たり前になることで、初めて「今日は聞こえない」「いつもと違う」と、その違いに気づくことができます。 その気づきが、「もう一度お願いします」「ロジャーを使ってください」と自分から必要な支援を求める力につながっていくのではないかと考えています。そのため、家庭でも学校でも、補聴器やロジャーを日常的に活用し、「聞こえる環境」を整えることをとても大切にしてきました。
言葉に加えて、「思考」を育てること
この項については、改めて次回に取り上げたいと思います(木島)
現在の学習面での様子
現在はまだ一年生ですが、担任の先生からは、
① 算数の文章問題を理解できていること
② 国語の日記で自分の気持ちを豊かに表現できていること
③ 先生の話の意図を理解していること
④ 分からない時には自分から聞くことができること
などを教えていただいています。
もちろん、現在の様子だけで今後も問題がないとは考えていません。 学年が上がれば、文章は長くなり、抽象語や比喩、複雑な因果関係も増えていきます。 学習面や日本語力については、これからも丁寧に様子を見ながら、長い目で見守っていきたいと 思っています。
自分に必要な方法を考え、伝える姿~本人の最近の変化
最近は家庭で、以前とは少し違う伝え方をする姿が見られるようになりました。 補聴器を外して入浴している時、兄との会話で返事が聞こえず、 「首を振って教えて」 高速道路を走行中の車内、三列目に座っているので運転席の父の声が聞きとれず、 「ロジャーつけて話して」 朝、補聴器を付ける前の会話の中で、 「今日は何日だっけ? 指で見せて教えて」 以前は「聞こえない」と伝えることが中心でした。
しかし最近は、聞こえないことを伝えるだけではなく、「どうすれば自分に分かるのか」を考え、そ の方法を相手に伝える姿が少しずつ見られるようになりました。 ただ、このような姿が多く見られるのは、安心して話せる家庭の中でのことです。 学校など集団生活の中でも同じように自分の思いを伝えられるようになるかについては、これか らも見守っていきたいと思っています。
これからも見守っていきたいこと
担任の先生からは、 「生きる力が強いですね。」 と言っていただくことがありました。
①分からないことを自分から聞くことができること
②周囲の様子を見ながら行動できること
③友達との関わり方
こうした姿を評価していただいているのだと思います。 幼児期から家庭で意識してきた「言葉」と「思考」の積み重ねが、現在の姿にどのようにつながっ ているのかは、これからも長い目で見ていきたいと思っています。
ただ最近は、自分に必要なことを、自分で考え、言葉にして伝えようとする姿が少しずつ見られる ようになりました。 幼児期から積み重ねてきたことが、このような姿にも少しずつ表れ始めているのではないかと、 私は感じています。
そして、その力を本人だけに求めるのではなく、学校で整えていただいている環境や、周囲の人 たちの理解があってこそ、安心して力を発揮できるのだと思います。 これから学習内容がさらに難しくなれば、新たな課題も出てくると思います。思春期を迎えれば、 自分から必要なことを伝えることの難しさなども出てくるかもしれません。 学習面や日本語力を丁寧に見守りながら、家庭での「言葉」と「思考」の積み重ねを続けること。 そして、学校と協力しながら環境を整え、将来的には、息子自身が必要な環境を自ら周囲に働き かけ、整えられるよう支えていきたいと思っています。
成長が感じられるこの1年。楽しみですね


難聴児が、自分の「きこえなさ」(状態)を知り、その「聞こえなさ」をフォローするために、「どのようにしてほしい」(要望)のかを、ことばで相手に伝えることは、本当に難しいことです。でも、小学校1年生の子どもたちは、難聴児の耳についている補聴器や人工内耳について興味深々。ちょっと触ってみたくなるのはむしろ自然とも言えます。また、難聴っていつ治るのか? しゃべれているのになぜきこえないのか? いろんな疑問も抱きます。そんな疑問に答えるといっても、まだまだ本人から説明するのは難しい。そこで、先生や保護者など大人が説明することになりますが、まずは、補聴器(人工内耳)が高価なものであり、難聴児にとっては「耳」と同じ。貸したり触ったりすることは出来ない事、また、「きこえていない」と思ったり話しかけるときは、前に回って話すこと、後ろからならとんとんと肩を叩いて振り返ってから話すなど、基本的な関り方について説明することでよいでしょう。
また、難聴児本人は、これからだんだんと自分の「きこえなさ」を自覚し、それを自分でことばにし、そして相手にも説明できる力をつけていきます。このお子さんもその芽生えが少しずつみられるようになっています。この力は、さらに難聴学級であればそこでの自立活動を通して、難聴学級に所属していない場合は、保護者と担任で協力して、あるいは聾学校の特別支援教育コーディネーターなどの協力を得て進めていくことになると思われます。どのようなかたちになるのかはわかりませんが、これからの成長が楽しみです。(木島記)
