難聴児の認知・言語の発達(3)~初語表出から「ものには名前がある」ことがわかるまで

難聴児の認知・言語の発達
この記事は約5分で読めます。

 このHPで以前、「難聴児の認知と言語の発達(1)0~1歳頃・初語表出まで」について書きました。初語の表出は親御さんにとって大きな喜びであることは言うまでもありません。しかし、初語の表出がイコール言語獲得かというと、実はそう簡単ではなく、もう少し時間がかかります。それをヘレン・ケラーの例からみてみましょう。

ヘレン・ケラーは、いつ「モノには名前がある!」ことに気づいたか?

盲ろうの才女ヘレン・ケラーのことは皆さんもご存じの方が多いと思います。日本にも戦前に2度、戦後は1948年に来日し、全国の盲・聾学校をまわって講演し、多くの人々を勇気づけ、当時の記録が今でも各地の学校に残されています。

ヘレン・ケラーは1歳7か月の時に高熱の影響で視力・聴力を失いますが、6歳9か月のとき家庭教師アニー・サリバンと出会い、徹底した個人指導によって言語を獲得し、19歳の時にハーバード大学ラドクリフカレッジに入学します。映画『奇跡の人』(上写真)は1960年代に公開されましたが、この映画は、アニー・サリバンとの出会いから、「モノには全て名前がある」ということに気づくまでの約1か月間の経過を感動的に描いています。この映画のクライマックスシーンは、サリバンと庭を散歩している時、井戸水をくみ上げる手押しポンプからほとばしる水を掌に受けたヘレンが、もう一方の掌に「w-a-t-e-r」とサリバンに文字で綴られた場面で、このときはじめて「すべてのモノには名前がある」ことに気づきます。その時の感動をヘレンは自伝の中で次のように書いています。

「突然、まるで忘れていたことをぼんやりと思い出したかのような感覚に襲われ・・この時初めて、
w-a-t-e-rが、私の手の上の流れ落ちる、このすてきな冷たいもののことだとわかったのだ。」

(『ヘレン・ケラー自伝』,新潮文庫,34頁)

 つまり、「モノには名前がある」ということをこの時に初めてヘレンは理解したわけです。では、その前はヘレンはモノに名前があるということはわからなかったのでしょうか? 
 記録によると、ヘレンはいくつかの特定のモノに対して、例えば人形に対して「d-o-l-l」と指文字(ヘレンはサリバンに触指文字を教えられその記号を習得していました)で綴ることはありました。しかし彼女は、別の人形に対しては「d-o-l-l」と綴ることはしなかったのです。もしモノに名前があることがわかり、名前とは似たもの同士のモノに付けられた記号だということが知っていたら、多少の違いはあってもどの人形にも「d-o-l-l」と綴ったでしょう。それをしなかったのは、彼女は特定のモノに対応してある種の記号(ここでは「d-o-l-l」)を対応させるということまではわかっていた(「状況依存語」とか「ラベリング」と言います)けれど、だれにも通ずる「言語」(language)としてはまだ習得されていなかったということです。言い換えるとモノの名前はある類似性をもったものの集まり(カテゴリー)につけられた名前だということに気づいていなかったということです。

”water”以後、次々とモノの名前を覚えた!

  そしてこの体験をした直後、その日のうちに30くらいのことばを一気に覚えたとサリバンは書いています(『ヘレン・ケラーはどう教育されたか』)。以後、ヘレンは、沢山のモノの名前を知りたがり、周りの人に自分の知っていることばを教えたがるようになります。いわゆる「語彙の爆発」が始まっていったのです。

きこえない子の言語獲得は・・

 ヘレン・ケラーの場合は、1歳7か月で失聴・失明ということもあって、非常に劇的に6歳10か月の時に、モノには名前があるということが思い出されたのだろうと思います。では、きこえない子どもの場合はどうでしょうか? きこえる子も多くは1歳前後に初語が出て(個人差が大きい)、その後の数か月間は、例えば「わんわん」を犬だけでなく猫などにも対応づけてしまうなどのことがよくあります(「過剰般化」)。カテゴリーの基準がまだよくわかっていないからです。しかし、2歳くらいになるとこのような間違った対応づけも少なくなり、モノの名前とは似たモノ同士のモノ(カテゴリー)につけられた名前であるということがわかってきます。きこえない子も手話では、きこえる子の音声言語獲得の過程と同じです。以下の例は難聴児の手話での過剰般化の例です。 

【事例A 1歳10か月】
 「Aはモノが落ちた時、手話で「しまった」の表現をよく使う。哺乳ビンが落ちて「しまった」、
本が落ちて「しまった」と、「落ちる=しまった」と思っているらしい。今日、パパが作ったうさ
ぎの折り紙(上から落とすと耳をパタパタさせながら回転して落ちてくる)が上からパタパタと落
ちてきたとき、やはり「しまった!」とやっていた。」

しかし、難聴児もだんだんとこのような間違った対応づけも少なくなり、モノの名前とは似たモノ同士のモノ(カテゴリー)につけられた名前であるということがわかってきます。こうした「りんご、ニンジン、犬、鳩、水、赤、さんかく」など基本的なものの括りにつけた名前を「基礎語」と言い、ここまでは難聴児も比較的すんなりと獲得できます。

「モノには名前がある」ことがわかるようになるまでに大切なこと

 もう一度まとめると、初語が出て、その後しばらくの間は単語だけの時期が続きます。そして、その単語はまだ特定の場面や状況と結びついた「記号」的(ラベリング)な意味合いが強いです(「状況依存語」で、これがヘレンの”doll”)
 例えば、1歳頃の子どもは「ぼうし」とは自分の帽子のことだと思っていてママの帽子は「ぼうし」ではないと思っていたりすることがあります。また逆に、「わんわん」と覚えたら猫もぞうも動物全てに「わんわん」と使ったりすることもあります。このようなことばの使い方を、類似性をもったカテゴリーにつけられた名前という本来の意味での言語(language)にしていくためには、生活の中でことばを使う経験を豊かにし、また、さまざまな象徴機能を高めていくことが必要です。下図に示したような、象徴機能(シンボル)を高めるごっこ遊びや見立て活動、人と関わる力を育てる活動を、楽しく、たくさんするとよいと思います。

参考になる記事

★乳幼児期の写真カードの作り方と使い方
https://nanchosien.blog/photo-card/#photocard

タイトルとURLをコピーしました