位置詞の指導~小3社会単元「わたしたちのまちと市」を通して(教育実践)

位置詞
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 ここで紹介する日本語文法指導の実践は、令和5年度文部科学大臣賞を受賞した沖縄ろう学校小学部教員伊波興穂先生の実践です。第1回目は国語での実践(「自動詞・他動詞の指導~小3国語単元『まいごのかぎ』を通して」)を紹介しましたが、今回は社会科での実践を紹介します。

3年生から始まる社会科では、3年生と4年生で地域についての学習をします。3年生では児童が所属する(ろう学校が存在する)区市町村の地理的環境や産業、人々の暮らしに関する内容について、また、4年生では都道府県のそれらについて学びます。これらの学習を「地域学習」と呼んでいます。
 
 このような地域学習を行う上で、前後左右といった方向や東西南北といった方角を表す語の意味・概念を身につけておくことが大事ですが、位置や方向をあらわすことばは、立ち位置が変わると位置や方向が反対・逆(例「北海道は東京から見ると北の方角だが、東京は北海道から見ると南の方角」)になるという相対的な関係にあるので、方向を考えるときに「視点の転換」が必要で、それが苦手なのが難聴児です。理由として考えられることは、自分のこと・自分の経験を離れてものごとを対象化し、一般的・客観的にものごとをみる力の育ちがまだ十分とは言えないからだろうと思われます。
 幼児期の発達の特徴は、自分を中心に物事をみる主観的な思考(「自己中心性」)の段階にあることですが、科学的な思考を身につけるためには、自分中心の思考から抜け出して物事や自分自身を対象化し、客観的な見方ができるようになる必要があり(「脱中心化」)、ここが難しいわけです(下図参照)。
 例えば、幼児は「りんごとバナナの同じところ・似ているところは?」という質問に、「私、りんごきらいだよ」とか「昨日、給食で出たよ」といった自分の話になることがあります。まだ、ものごとを自分の経験から切り離して対象化・客観化して考えることが難しく自分の話になってしまうわけです。これが生活言語段階といわれる幼児期の特徴ですが、学習言語の段階にステップアップするためには、物事や自分自身を対象化し、自分のこととは切り離して客観的な思考ができるようになる必要があります。位置関係や方向・方角に関しても、立ち位置が変われば、方向・方角も変わるということが想像できることが必要です(「視点の変換」)。
 今回の実践においても、まず、「Aは Bの北(=Bから見て北の方角)にある」「Bは Aの南(=Aから見て南の方角)にある」という位置・方角の理解(視点の転換)を促す学習を行い、そのうえで地図上での特定の地域と地域の位置・方角関係の学習を行っています。以下、学習の概要を紹介します。

対象児

 ろう学校小学部3年生(3名)

社会科単元名「わたしたちのまちと市」

 

児童の実態と授業の概要

 対象である3年生の児童は、これまで受動文や授受文の学習を通して、主語が切り替わることで助詞が変化することや、動詞の形が変化することを学んできた。しかし、文型のルールは理解できていても「視点の転換」が未定着なため、二者の関係を表す文においてどちらの視点で書かれた文なのかを読み間違えることがある
 また、小学3年生の社会科では、位置を表す言葉である八方位を新しく学習し、現在地と対象物の関係について方位を使って表す学習が行われるが、この学習の中でも視点の転換が重要になってくる。2点の位置関係を八方位で表すには、主語が変化することで方位を表す言葉も変化すること(例:「AはBの北にある」「BはAの南にある」)を理解し、2点の相対的な位置関係を正しく捉える力を身につけさせることが重要である。
 そこで本時の学習では、白地図上に助詞カードを重ねて主語を明確にした上で、どちらの視点から見た方位なのかを正しく理解できることをねらって学習を行った。また、同じ二つの市町村の関係について、両方の視点から見た文を書くことで視点の転換を意識できるように取り組んだ。

本時の目標(7/16時間目)

・地図を元に県内における北中城村の位置や隣接する市町村との位置関係を読み取り、八方位を使って表現することができる。(知識・技能)                                                                                                                                                                                                                                                                         

・北中城村周辺の地図を見て分かったことや気づいたことを発表したり、説明したりできる。(思考・判断・表現)

授業の様子

 まず、主語を表す市町村には助詞「は」のカードを当て、現在地を表す市町村には方位磁針の絵を重ねることで、どちらから見た視点で文を作るのかを確認した(上図)。授業の序盤、児童たちは主語を表す「は」の助詞カードが付いた市町村の視点から見た方位を表す傾向にあったが、児童同士で話し合いながら助詞カードと方位磁針を白地図に重ねる活動をくり返すことで、主語にあたる市町村から見た方位ではなく、方位磁針を重ねたもう一方の市町村から見た方位を使って文を書くことを少しずつ理解できた。ワークシートでは、それぞれの児童が住んでいる市町村と学校のある市町村との位置関係について、八方位を使って表す練習に取り組んだ(写真下)。一度では理解できない児童もおり、他の児童と相談したり、白地図に助詞カードと方位磁針を何度も重ね合わせたりしながら答えを導き出すことができた。授業後の練習問題では、全員が2点の位置関係を表す文を正しく作成できていたことから、視点を切り替えて文を作成する必要があることは理解できたようだった。

成果と課題

成果

・白地図上に助詞カードや方位磁針を重ね合わせて操作しながら学習することで、どちらの視点から見た方位を活用するのか理解できた。

・視点を切り替えた文を同時に作成することで、見る視点が変わると方位も変わることを理解できた。

課題

 視点を切り替える見方や考え方を他教科の学習の中でも意識的に取り組み、理解を深める。

位置・空間関係を表すことばについて(コメント)

 この実践の中で「位置詞」ということばが出てきますが、「位置詞」は国文法上の概念ではなく、J.coss(日本語理解テスト)の中の一つの検査項目です。難聴児は、位置・空間関係を表すことばが苦手です。上図は、ある,別の聾学校小学部児童15名のJcoss「位置詞」の結果ですが、「位置詞」4問中4問とも正解の児童はわずか1名です。主な理由は3つです。①助詞「に」(存在の「に」)が未習得、②助詞「の」が未習得、③様々な位置・空間関係の表し方が未習得になっているからと思われます。
 例えば上記③についていうと、平面上での位置の表し方は算数でもやります。一列になった物であれば「左から何番目」、縦横の関係があるマトリックスでの位置であれば「一番上の列の左から何番目」などです。さらにまた、立体空間であれば、位置関係を表す言い方はたくさんあります。「ぼくの鋏知らない?」「あなたの机の、上から二番目の引き出しの左隅にあったはずよ」など、手話で表せば指さしやCL表現を使って比較的わかりやすく示せますが、同時に日本語での言い方もその時に教えることが必要です。このような位置・空間関係の表現は、幼児期から機会を見つけてやっておくとよいでしょう。

 なお、助詞「に」の指導については、以下のYouTube日本語講座第21回を参考にして下さい。
 https://nanchosien.blog/particle-ni/#particleni

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