主体的・対話的で深い学びの実現に向けて~障害認識を深め自己肯定感を高める指導の工夫を通して(教育実践)

セルフアドボカシー・障害認識・難聴理解
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 今回紹介するのは、令和5年度文部科学大臣賞を受賞した那覇市立安謝小学校難聴学級担任高良千恵子先生の実践です。この学級の児童はS児1名のみ。現在5年生で左右とも聴力100dB補聴器装用です。小1入学時より高良先生が担任し今年で5年目になります。
 高良先生が難聴児を担任するのはS児が初めて。「難聴」がどのような障害かも知らないままに担任となり、専門的な指導を求められるわけですから、試行錯誤の連続で本当に大変だったろうと推察します。たまたま出会った本会の書籍やHP記事を参考にしながらの実践。しかし、日本語力の面でS児は成長し、その成果が2年前に報告されています(本記事最後部「主な参考文献・記事」からご覧ください)。
 前回の報告(2021.12)は、難聴児の大きな課題の一つである、日本語力(語彙力・文法力)や学力といった「認知的スキル」向上の取り組みがメインテーマでしたが、今回の報告はもう一つの課題である、障害認識・セルフアドボカシー、コミュニケーション力・対人関係能力といった「非認知的スキル」の向上の取り組みがメインテーマとなっています。二つの報告をまとめると下表になりますが、5年間という長期間にわたって、また、①日本語力向上と②障害認識やコミュニケーションといった二つの側面からトータルに取り組んだ実践報告は、おそらくわが国でも初めてではないかと思います。

はじめに

  現在、難聴学級に在籍する児童は、入級当初、発語がほとんどなく簡単なやり取りも困難なほど日本語の習得に課題があった。そこで、1,2年時は体験活動を通して、ものごとの概念と言葉の習得に取り組んだ。その結果、豊かな概念を持った言葉を習得し、全ての物事には名前があること、そして、それらは全てカテゴリーでわけられることが理解できるようになった。

 3,4年時には、助詞の用法、動詞や形容詞の活用など文法力を高める指導について難聴児支援教材研究会の教材を活用して実践してきた。それにより児童の日本語力が大幅に向上したことが各種検査から見取ることができた。(*別紙アセスメント資料「言語」参照。また、ここまでの実践は「日本語の語彙力・文法力を高める指導の工夫」2021を参照)

 言語力の向上と共に思考力や社会的認知の力(*別紙アセスメント資料「心の理論」参照)も高まり、聴者に囲まれた環境の中での自分自身や自分の障害について疑問に思ったことなどを口にするようになった。そこで、4年生半ばから自分の障害について理解することを通して、自己の障害について周囲に適切に説明する力(セルフアドボカシー)を育てる為の障害認識の授業を自立活動の中で行ってきた。今回は、その実践(2022年2学期~)を報告する。

子どもの実態

対象児

 5学年女児 小学校入学と同時に難聴学級に入級 在籍5年目

聴力

 左右とも100dB以上の重度感音難聴。障害者手帳2級。補聴器装用

教育歴(就学前)

 4歳(年少)までろう学校幼稚部に在籍。その後、幼稚園を経て小学校に入学。同時に難聴学級が設置され入級。

諸検査結果(入学時)

 田中ビネー 生活年齢5歳7ヶ月 精神年齢4歳0か月 (ボーダーライン)

コミュニケーション手段

 手話、口話、指文字、筆談

性格・行動特徴

・興味あることには主体的に行動できるが、それが困難になると途中で放棄してしまうことがある。
・指文字のできる友達との交流はできるが、自分から主体的に関わることは少ない。

学習の状況(5学年10月までの実態)

・教科書は全教科、当該学年の教科書を使用している。
国語、算数、自立活動、道徳(年間授業時数の半分程度を難聴学級にて行っている)は難聴学級にて
 行い、他の教科は、交流学級で担任とのTT指導である。
全ての学習において支援担任が手話や指文字、ノートテイクなどで情報保障を行っている。

これまでの指導の経過(1)~語彙・文法指導

1・2年次

指導目標

 体験活動の中で語彙の拡充を図り、日記指導と合わせて物事の概念形成を図る

体験活動の充実

 難聴学級入級時は、発語も少なく「キャベツ」「バナナ」といったものの名前は分かるが「野菜」「果物」などの上位概念の言葉はほとんど理解できていなかった。そこで、実物を見る・触れる・においを嗅ぐといった実体験を充実させ体験の中で実物と文字や手話、音声を繋げることでその物の概念を豊かに身につけさせる必要があると考えた。その際、知的学級で使用されていた教材を難聴児用にアレンジして使用した。
 また、体験活動と合わせて言葉を分類、カテゴリー化し、その総称を学ぶことで下位概念の言葉から抽象度の高い上位概念の言葉を身につけていくことできるように意識して指導した。

体験活動の実際(略)

☆その他の体験活動
・ししまいづくり  
・いかだ制作~いかだ体験  
・カレーパーティー  
・カラフルたまご 
・しめ縄
・クリスマスリース 
・サーキットトレーニング 
・栽培活動など

3・4年次

指導目標

 体験活動で物事の概念形成を図りながら、日本語文法(助詞の用法、動詞、形容詞の活用)の基礎を身につけ、自分の思いを言葉(音声や書き言葉等)で適切に表現することができる

多面的・多角的なアセスメント

 これまでの体験活動等で、語彙の拡充は図られたものの、自分の思いに則した正しい表現(文章、会話等)ができず、助詞の用法や動詞の活用等日本語文法に課題があると感じた。そこで、児童の実態を多面的・多角的に把握し、適切な指導に結びつけるため、8歳5か月時と8歳8か月時に、以下のアセスメントを段階的に行った。

NO検査名          結果 評価・課題
1絵画語彙発達検査8歳5か月 語彙発達年齢:4歳7ヶ月 評価点1課題・語彙力
Jcoss日本語理解テスト通過項目8項目 第二水準 年長レベル課題・文法力
助詞テスト46点 課題・助詞習得
形容詞テスト24点課題・形容詞習得
Leading Test読書力偏差値51(小1・2年用)低学年用クリア
比較3問題Q1〇 Q2× Q3×課題・読解力
太田ステージStageⅣ 保存の概念○ 包含の概念○クリア
心の理論課題「アンとサリー課題」通過クリア
WISCⅣ「言語理解」類似15、理解14、単語7、知識9課題・単語、知識

 アセスメントの結果から、語彙力や文法力には依然課題があるものの、「太田ステージ」の結果から、抽象的な思考が具体物を操作して可能になる段階(具体的操作期)まで伸びている事が分かった。また、社会的認知(「心の理論」)の面でも、他者の心が想像できる段階まで達していることがわかった。そこで、語彙力を伸ばしつつ文法力を高めるために日本語文法指導を計画的に取り入れていくことにした。

ことばのネットワーク化

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 ひとつの言葉をあらゆる角度から考えることで言葉(もの、こと)の概念を広げたいと考えた。言葉のネットワークを形成していく過程で、上位・下位概念の階層構造をもった語彙を身につけ、帰納的推論の力をつけることができた。(⇒小5年次・WISCⅣ・言語理解「類似」評価点19)

日本語文法指導

助詞の指導

 ☆助詞記号・・・助詞「が」と「を」の指導においては、動作の主体や主語となる単語につくことを   押さえ、手製の助詞記号を作成し生活の中で随時使用した。

 ☆助詞手話記号・・・助詞の意味の理解を促すために視覚的に捉えやすい手話助詞記号を使って文を作る練習を繰り返し行った。なぜ、その助詞になるのかを児童自身が考え助詞の意味を理解し使用する事ができるようになった。

動詞、形容詞の指導

 聴覚障害児は動詞や形容詞の語彙拡充が常に課題と言われている。それは、動詞は「その動作が終了すればすぐ消えてしまう言葉」であり、形容詞は同じ物を見た時でも、使われる形容詞が人によって違ったりするからだと考えられる。そこで、新しく学習した動詞や形容詞は定着するまで掲示したり、教師が生活の中で意識して使用したりした。その際、動詞の基本形(終止形)はウ段で終わる事や、形容詞の基本形はイ段で終わるルールに沿って、新出語彙は必ず基本形(終止形)を指導した。
 活用の指導においては、「動詞活用表」及び「形容詞活用表」を使用し、動詞及び形容詞の活用の仕方を学んだ。活用ルールが定着するまで、朝のショートタイムや宿題などで継続して指導した。それにより、動詞や形容詞を適切に活用する力が身についてきた。

語彙・文法指導の成果

 小3年前半(指導前)と小3後半(指導後)を比較すると、半年間での指導によって文法力が大きく伸びていることがわかった。WISCⅣは小5年時の結果だが、「知識」に課題があることがわかった。

  検査名  指導前 指導後          評価
絵画語彙発達検査評価点1 
遅れている
評価点10 
平均レベル
上位概念語・抽象語が習得され始めた
J.coss通過8項目
年長レベル
通過19項目
小4レベル
助詞や動詞・形容詞の活用が習得され、
文法力が一気に伸びた。
助詞テスト 46点  78点助詞が習得され正答率が大幅に向上した。
形容詞テスト 24点  92点形容詞の語彙・活用が習得された。
Reading Test
(3・4年生用)
偏差値47対応学年の内容が読解できるようになってきた
比較3問題1問正答3問正答論理的思考を要するQ3が正答できた。
WISCⅣ言語性言語理解IQ109言語理解
IQ125
「類似」15→19、「単語」7→12に向上
「知識」9→8に低下。課題として残った

これまでの指導の経過(2)~障害認識・セルフアドボカシー

指導目標

  自己の障害認識を深め、セルフアドボカシースキルを高める
 言語の発達と同時に考える力も伸び、自分自身について考える力(メタ認知)がついてきたS児は、3年生の7月頃、「きこえるようになりたい」と、自分の障害を否定的(マイナス)にみる発言があった。また、人前で手話をすることを「恥ずかしい」と言ったりするようになった。しかし、突然3年の10月頃に「きこえない方がいい。きこえない子が勉強する名詞、形容詞、動詞とかを勉強して、言葉が分かるようになったから」と言い、手話講座と題して毎日一つずつ手話を紹介する活動を始めた。あとで分かったことだが、この時期に助詞手話記号を身につけたことで、リハビリでの助詞テストで満点をとるという成功体験があったことや、本児が母親に自分の障害について尋ねた際、母親が「きこえない子に生まれたのは特別なんだよ。あなたのおかげで家族も友達も手話を覚えられてラッキーなんだよ。」と、伝えたことなどが重なり、自己の障害を肯定的に受け止められたからあのような発言があったと考えられる。そして、4年生スタート時には「自分の障害について周りに説明しないといけない」という気づきも生まれてきた。
 そこで、4年生半ばから文法指導と並行して、障害認識授業も自立活動の中に取り入れることにした。その際、「難聴理解かるた」を主要な教具として活用した。

授業実践~4年時・交流学級にて

目標

〇難聴児(自立活動)・・・自己の障害について説明し、必要な支援について肯定的な視点で伝えることができる。(セルフアドボカシースキルを身につける。)

〇交流学級児童(道徳)・・自分と異なる立場を尊重し、互いに助け合う心情を育てる。

授業仮説(授業仮説や展開は聴覚障害児を中心にしたものを掲載する)

・展開の場面において、教師が児童の障害の状態について改めて説明することにより、児童が安心して自分の思いを伝える事ができるであろう。

本時の展開(1/2時)

児童が作成し、発表で使用したパワーポイント

 当日、S児はあらかじめ作成したパワーポイント資料を使って発表した。以下はその一部を抜粋編集したもの。伝えたい内容は下記の5項目である。
自分の障害についての説明・・・聴覚障害者で治ることのない障害であること
聞こえていることと実際の音が違う
発音が違うことがある
友達におねがいしたいこと
(マスクを外してゆっくり話してほしい。補聴器は大切な物だから貸したりすることはできないこと)⑤知ってほしい私の事(好き食べ物や得意なこと、興味を持っている本のことなど)

交流学級児童の感想と振り返り

S児の書いた日記

成果

課題

授業研究会

授業者としての感想

・今年度5月、全校児童を対象とした様々な障害についての理解啓発講話を行った際、S児から「自分の事を説明するのって大事だね」という発言があった。この事から、自分の障害について理解を深め、肯定的な障害認識をもたせる為の授業行う必要があると考え、自立活動の中に障害認識の授業を計画的に取り入れすすめてきた。

・学習指導要領の目指す「主体的・対話的で深い学び」の実現の為には、言葉で思考し言葉で伝え合う為の日本語力は必要不可欠であることから、語彙力、文法力も同時に高められるように指導してきた。

・聴障児が交流学級にて発表後、自ら「質問はありませんか?」と問いかける場面には驚いた。交流学級児童も進んで挙手して様々な質問をしていて、聴障児がそれに答える姿はまさに主体的で対話的な学びが生まれた瞬間だと感じた。

・次回は保護者に、親としての思いを話してもらう時間を設定したい。そうすることで聴障児がより深く肯定的な自己認識、障害認識をもてると思う。また、そうすることでその場にいたみんなにとっても共生社会への意識付けになると思う。

授業参観者からの感想・助言

・難聴学級担任が聴覚障害について説明している時、聴障児が笑顔で頷いている様子を見て、聴覚障害というものに対して肯定的な障害認識をもっていると感じた。

・聴障児が発表後、自分から「質問はありませんか?」と投げかけられたのは、肯定的な自己認識があり自分に自信があるからできた事だと思う。障害をもっていると自分に対して自信をもつことがなかなかできないので、これまでの計画的で丁寧な取り組みの成果だと感じた。

・聴障児が「ありがとうベース」で発表した事で、聴児が質問の際、自然とマスクを外して口形を見せながら、ゆっくり話す意識につながったと思う。共生社会実現の為にあるべき姿が見えた気がした。

まとめ~成果と課題

成果

・体験活動で語彙の拡充を図り、その後日本語文法指導で文法力をしっかり身につけさせたことで言語力が高まり、思考するための素地を整えることができた。それにより、認知発達を促すことができた。

・児童の実態を様々な方法で多面的、多角的に把握したことで、より的確な指導・支援に結びつける事ができた。

・日本語力を身につけた事で主体性がうまれ、自己内対話ができるようになった。その力で他者と対話によるコミュニケーションがとれるようになった。

・肯定的な障害認識をもつようになり自信を深め、学級会の司会や学年代表の発表、運営委員会(児童会役員)に立候補するなど積極的に活動するようになっている。そして、運営委員会に選出され、学校行事をリードする活動をメンバーと協力しながら行えるようになっている。

・自分から「やります」と言ったことは、やり遂げようと努力するようになってきた。

課題

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・児童の日本語力を高める為に、家庭での予習復習などバックアップ体制を整える。

・学びに対して受け身になっている事が多いので、分からない言葉があったときや、活動内容が理解できない時など、主体的に周囲へ働きかけられるようにする。

・ロジャーマイクの効果がほとんどないので(言語聴覚士や補聴器センター、フォナックの担当にも相談しているが解決できない)中学進学へ向けて、音声認識機能を使っての情報保障も行っている。しかし、誤字、脱字が多く音声認識機能のみでは確実な情報保障ができないので、より正確な情報受信方法を模索中である。

おわりに

 難聴学級は準ずる教育とはいえ、子どもの実態によっては日本語の語彙力、文法力に大きな課題があり、通常の教科学習を進めることが困難な場合もある。本児も入級当初は(小1)語彙力がかなり厳しく、身近な物の名称もほとんど理解していなかった。その為、聴児とのコミュニケーションが成り立たず休み時間等も担任の側で絵を描いて過ごしていた。学習においても、教科書を用いての授業が厳しかったことから、小学校低学年では体験活動と言葉をつなげる活動を中心に行ってきた。それにより、語彙力は少しずつ伸びていき上位概念の言葉が理解できるようになっていった。
 しかし、語彙力がのびても単語のみでの会話ばかりで、助詞の用法や動詞、形容詞の活用には依然大きな課題があり、児童の伝えたい思いを理解するのは困難だった。そのとき見つけたのが難聴児支援教材研究会のHPである。そこには言語を系統的に指導する方法が、たくさんの教材やYouTube動画と合わせて詳細に紹介されていた。そこで、中学年からはそれらを活用して日本語の文法指導に取り組んだ。それにより、児童の日本語力が著しく成長し、「この方法があるから自分はきこえなくても大丈夫」と発言する程に児童の自己肯定感も高まっていった。

 言語発達と同時に認知発達も伸びてきたことから、4年生の夏頃から障害認識を自立活動の中心に据えて授業を行っている。聴覚障害者が社会から求められる力の中に「障害認識や自己開示に関すること」があげられている。そのことからも、自分の状態をきちんと把握し、「こうすればできます!」という肯定的な視点から支援を要請するセルフアドボカシースキルを身につけさせる事はとても大切で、今後も指導を継続していく。

 最後に、これらの取り組みを行うにあたって最も大切なことは、児童の詳細な実態把握と考える。そこで、今後も難聴児支援教材研究会のホームページを活用して、アセスメント力を高めるために自己研鑽に取り組んでいきたい。

主な参考文献・記事

 ・木島照夫 「きこえない子のための新・日本語チャレンジ!」難聴児支援教材研究会(令和6年度特別支援教育一般図書指定)
・木島照夫・菅原仙子・岡野敦子 2020 「難聴児はどんなことで困るのか?―豊かな心とことばを育むために-」 難聴児支援教材研究会
 ・文部科学省2018「特別支援学校教育要領・学習指導要領解説自立活動編」開隆堂出版
・難聴理解かるた 文・絵:ふじもとゆうこ 発行:難聴児支援教材研究会

 ☆「将来の夢はろう学校の先生~重度難聴S子との3年半の記録(教育実践)」
https://nanchosien.blog/practice-deaf-class/#practice-in-hearing-impaired-clss

 ・参考WEBサイト 木島照夫 HOME | 難聴児支援教材研究会 (nanchosien.blog)

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