人工内耳~医師から保護者へのアドバイス(1)~これから人工内耳を考えておられる方へ

人工内耳
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 以下の記事は人工内耳をどうしようかと迷っている保護者の方への医師からの貴重なアドバイスです。『ようこそ聞こえない赤ちゃん』(福岡県立久留米聴覚特別支援学校2021発行)に掲載された論稿を発行者の許可を得て掲載いたします。原題は「人工内耳のことが気になっている皆様へ」で、執筆された医師は九州大学医学部教授の中川尚志先生。人工内耳のメリット・デメリットにも触れた公正な立場での論稿は少ないと思います。掲載されている上記冊子は、発行元の久留米聴覚特別支援学校より無料配布されています。ほかにも貴重な記事満載の冊子です。ご希望の方は、久留米聴覚特別支援学校(TEL0942-22-2304,FAX0942-45-0139)へ直接お問い合わせ下さい。

はじめに

 お子さんが産まれて、幸せで一杯の時に「耳が聞こえにくいかもしれない。」と言われ、心配しながら連れて行った精密医療機関で「大きな音を出しても脳波で音への反応がでていません。」と伝えられ、かなりショックだったとお察しします。受けられた検査のこと、現時点で何がわかり、何をしていくことがお子さんにとって大切なのか、人工内耳のことを含めて、お話しします。興味がある部分から、お読みください。

聞こえの仕組みと難聴の種類

 耳は耳たぶや耳の穴、奥にある鼓膜までを外耳、鼓膜の裏側の音を伝える小さな骨が並んでいる中耳、その奥の骨には音を聞こえの神経の信号に変換する内耳(蝸牛:かぎゅう)があります。内耳からは音の情報を脳に伝える聞こえの神経が脳につながっていて、脳が処理して音を聞き取っています。ここを中枢と呼びます。
 音を伝える外耳および中耳に原因がある難聴を伝音難聴(でんおんなんちょう)と呼んでいます。伝音難聴は音の振動が伝わりにくいことによって生じますので、音の振動が伝わるように手術をすることで治療できる可能性があります。治療する時期は耳が成長する10歳前後まで待ちます。
 内耳と中枢は神経で、音を感じる器官なので、これらに原因がある場合を感音難聴(かんおんなんちょう)と言います。感音難聴は内耳が原因の内耳性難聴と中枢が原因の中枢性難聴にわけられます。それぞれ難聴の特徴が異なります。内耳は音の振動を神経の信号に変換しますので、内耳が原因の難聴では音を神経の信号に変換できません。このため、音を大きくしても聞こえにくいのです。生まれつきの難聴の9割以上は内耳性難聴です。中枢が原因の難聴は音が神経の信号として十分に伝わらないか、伝わった信号が処理できないことが原因です。この結果、音の存在には気付くことができても、「キ」と「チ」の違いや何の音なのかなどの聞き分けが苦手、もしくはできなくなります。

新生児聴覚スクリーニングの意義

 難聴を早期に発見し、療育を始める時期が早いほど、ことばの発育に有利であるということはかなり前から知られていました。このため、アメリカで新生児期に難聴の診断ができないかという取り組みが1988年にスタートしました。後述しますが、乳幼児の聴力検査は難しく、時間がかかることが新生児期の診断を妨げる課題でした。その課題を解決するために自動ABR(自動聴性脳幹反応)を検査する機器が開発されました。自動ABRは大人の健康診断と同じ大きさの音を聞かせ、音に関係する脳波の成分をみつけ、聴こえるお子さんたちの音に関係する脳波の形と同じかどうか比較します。波形が同じだと判断されるとパスとの判定がでますし、異なった波形と判断されるとリファー(要精査)と判定されます。赤ちゃんが入眠している2-4分で検査できることが特徴です。開発された自動ABRを用いて、アメリカの一部の州で新生児聴覚スクリーニングが実施されました。その結果をまとめてみると、難聴が6か月齢以前で診断されたお子さんはそれ以降に診断されたお子さんよりも言語発達が良いという結果がでました。この検討は日本でも行われ、新生児聴覚スクリーニングを受けると20倍の確率で生後6か月以内に療育が開始され、3倍の確率で良好にコミュニケーション能力につながっていることが示されました。しかし、新生児聴覚スクリーニングを受けただけでは良好なコミュニケーション能力につながっていませんでした。これは早期に発見しても、早期に療育につながらなければ、新生児聴覚スクリーニングの目的は活かされないからです。新生児聴覚スクリーニングを早期療育につなげることが最も大切です。また、良好なコミュニケーション能力の獲得に有利なのは音声言語だけでなく、手話言語を選択したときも同様であることが知られています。

 ここまで読むと、難聴の早期発見が良好な言語発達につながることは頭で理解することはできたと思いますが、そう簡単に受け入れることはできないことが普通です。よく「障害受容」という言葉を使いますが、「障害受容」を求められることは、医療者・療育者からの過酷な要求となり、より苦悩を深めることになりかねません。すぐに障害を受け入れる必要はありません。聴覚障害に対する適切な認識をもつ「障害認識」に辿り着くことが最初の目標です。「障害認識」も聞きなれないことばだとは思います。「障害認識」とは、お子さんの障害は受け入れることができなくても、お子さんの将来に役にたつことをできることから始めていくことです。育っていくお子さんをみていると徐々に否定的な気持ちや悲しみと怒りが薄らいでいくようになっていきます。最終的にお子さんのためになっていきます。

難聴の程度はいつ、わかる?

 脳波で聞こえにくさの程度を知る検査(ABR:聴性脳幹反応ASSR:聴性定常反応)には限界があります。脳波とは頭全体の神経の活動を記録したものです。聞こえに関係する脳波はその中に含まれる非常に小さな信号です。このため、しっかりと寝ている眠りの深さ、電極の装着状態、汗のかき具合など様々な条件に影響を受けます。実際の聞こえにくさは聴性行動反応検査で確かめます。聴性行動反応検査とは音刺激に対するお子さんの反応の様子を観察して、聞こえている音の大きさを判断する検査です。当たり前のことですが、生まれて間もないお子さんは大きな音にしか反応しません。音へ反応することを練習することで、成長していくにしたがって、小さな音でも反応できるようになっていきます。早いお子さんでは、生まれて10か月ぐらいで小さな音まで聞こえるのかを観察できるようになります。お子さんの性格やいつからこの検査を始めたかにもよりますが、お子さんの音への関心が育ってくると実際の聞こえにくさの程度がわかってきます。  
 最初、かなり大きな音でも反応がないと言われたお子さんが中等度の音の大きさで反応が得られるようになることもあれば、音への反応があるようにみえたお子さんが大きな音でないと反応しない場合もあり、脳波の検査や最初の予測と異なることもあり得ます
 しかし、脳波による聴力検査はその後のお子さんへの対応を考えるうえで大切です。最初に医師や言語聴覚士から伝えられた数値は、大体これぐらいかもしれないという程度にとらえ、数値に拘られすぎないようにしてください。

 ちょっと、難しい話になりますが、”難聴”との診断はいつできるのかということに明確な答えはありません。この本に聞こえにくいお子さんの子育ての仕方が様々取り上げられていますが、この育て方は聞こえるお子さんにとっても非常に有用で、より良い親子関係を築くことに役に立ちます。難聴と確定する前でも子育てに取り入れていくことは良いことです。補聴器を装用するか迷う場合、早い段階でお子さんが補聴器を装用できる状態であれば、補聴器の装用をお勧めします。もし難聴がなかったとわかったときでも補聴器を外せば良いだけで、お子さんの耳に影響を与えることはありません。難聴と確定していなくても、お子さんの聞こえに少し配慮した、子育てをしてください。

 例外的な場合として、オーディトリーニューロパチィ(AN)とよばれる難聴があります。内耳機能は良好にも関わらず、蝸牛神経が上手く働かないという難聴であるため、ANは音への反応がよいにも関わらず、精細な音の情報が伝わらないという状態になります。この場合、聴性行動反応検査は正常でも聴性脳幹反応(ABR)が反応しないという特殊な検査結果になります。内耳機能を調べる歪音耳音響放射(DPOAE)でも正常の反応が得られます。お子さんとのやり取りには、触覚や視覚を用いたコミュニケーションなど聴覚以外の方法を積極的に取り入れないといけません。

難聴の原因はどこまで調べることができる?

 難聴の原因は、伝音難聴感音難聴(内耳性難聴、中枢性難聴)があります(聞こえの仕組みと難聴の種類参照)。一部、外耳道閉鎖などの例外もありますが、それ以外の原因で難聴の区別がつくのは大人の聴力検査である純音聴力検査ができるようになる6-7歳からになります。

 まず画像検査遺伝子検査を受ける場合の心構えについて述べます。子どもさんが難聴だと言われた直後では「治療法はないか、何故、このようになってしまったのか。」と焦りがあるので、検査の目的は悪いもの探しになります。例えば、画像の検査で何も所見がない方が多いのですが、何もないと言われたときに「どうして、画像で詳しく調べても何もみつからないのか。」と失望の方が強くなります。このような気持ちは今後の子育てにおいて、悪い影響はあっても、良いことはありません。この本にも書かれていますが、まずは生まれたばかりのお子さんの子育てをしてください。時間がたつとお子さんがすくすくと育っていきます。その状態で画像検査をうけて、何も所見がなかったときは、原因はわからなかったけれど、何もなくて良かったという気持ちになります。この気持ちは子育てに悪い影響をまったく及ぼしません。遺伝子検査も同じです。しっかりと子育てに取り組むことができる時期になってから検査を受けることをお勧めします。

 画像検査では内耳の形や、聞こえの神経の太さ、脳そのものに何らかの特徴がないかなどを調べます。CT(コンピューター断層写真)、MRI(磁気共鳴画像検査)はそれぞれで得られる情報が異なります。生まれつきの難聴の方の10数パーセントに画像に所見がみられると言われています。この場合、難聴の進行の有無や療育方法の選択、人工内耳の候補になるかどうかなど、多くはないですが、大切な情報が得られます。急ぐ必要はまったくないです。画像検査は一回受けておくと良いです。

 遺伝子検査では、難聴にかかわる遺伝子がないかを調べることができます。生まれつき聞こえにくいお子さんの50-60%には遺伝子が関わっていると言われています。すでに100種類以上の難聴に関わる遺伝子が報告されています。一人分調べるだけで、一台の最新鋭の遺伝子解析装置が長時間フル稼働しないといけません。このため、日本人の難聴の原因となることが多いところだけを調べます。現在の検査では生まれつき聞こえにくいお子さんの30-40%で難聴の原因遺伝子がみつかります。みつからなくても遺伝子の変化が関わっていることは否定できません。このように発展途上の検査です。原因遺伝子がみつかっても聞こえにくさを治す方法はまだないですが、その難聴にどのような特徴があるか、今後どういうことに気を付けないといけないかを知ることができます。ただ遺伝子情報は非常にデリケートですし、結果だけ言われても、それがどういうことを意味するのか、わからないと思います。結果をきちんと理解するために遺伝相談(遺伝カウンセリング)をしてもらえる施設で遺伝子検査を受けられてください。
 難聴が進行するかどうかは、画像や遺伝子の検査でわかることもありますが、わかるのはごく一部で、ほとんどの場合わかりません。全体からみると難聴が進行するのは一部で、進行しない方が多いです。聴力検査の結果を年単位でみていって、確認することになります。

人工内耳とは?

 人工内耳は手術で埋め込む体内器と補聴器のように装用する体外器との二つの機器からできています。体内器には細長い数十個の電極のついたコードがあり、電極部分は蝸牛の内部に挿入します。体外器のマイクで音を聞き、内耳の神経がわかるように音を電気信号に変換、側頭部の送信アンテナから体内器の受信アンテナに信号を送ります。体外器の送信アンテナと体内器の受信アンテナは皮膚をはさんで磁石でくっついています。体内器で音の情報が各電極に割り当てられ、内耳に埋め込んだ電極で聞こえの神経を電気刺激し、音の情報を伝えます。信号は聞こえの神経を通じて脳に届けられ、音として認知されます。

 人工内耳は内耳の肩代わりをする機器です。生まれつききこえにくいお子さんの場合、難聴の原因は90%以上が内耳にあります。画像検査で聴神経の描出が良好で、内耳の低形成などがなければ、それなりの人工内耳装用効果が見込めます。しかし、音の処理をする脳での認知機能が低下している場合は限界があります。

 日本耳鼻咽喉科学会でこどもの人工内耳の適応基準が定められています。聴力は両側とも90㏈以上、手帳で3級相当のお子さんが対象になります。成人は両耳70㏈以上でことばの聞き取りのテストの成績が半分以下の時に適応になります。子どもではことばの聞き取りのテストができませんので、90㏈以上と考えておいてください。適応年齢は1歳以上です。聞こえにくさの程度はある一定の年齢にならないとわかりません。1歳前後で難聴が発見されたからと言って、すぐに聞こえにくさの程度が確定するわけではありませんので、少なくとも半年おいて考え始めるべきです。唯一の例外は髄膜炎による難聴です。髄膜炎が内耳に及んだ時、特にこどもさんでは内耳の空間が瘢痕化し、骨で埋まってしまうことがあります。この時は1歳前であっても人工内耳の手術をすることがあります。

人工内耳を考えるにあたり、知っておいて欲しいこと

 人工内耳にはメリットデメリットがあります。最も大切なことは過大評価しないこと、また逆に過小評価しないことです。自分なりに正確に理解して、そのうえで十分に悩んで、人工内耳をするか、しないか、選択して頂きたいと願っています。

 人工内耳のメリットは音を聞くこと、聞き分けることが補聴器より優れていることです。人工内耳はプログラムで小さな音まで聞くことができるようになります。人工内耳の装用閾値は30dB前後が平均になります。補聴器は重度難聴の場合、40dBぐらいを目標とします。小さな音まできくことができると基本的な単語を聞いて学べます。人工内耳の手術の時期を42か月(3歳半)前と後で比べると、(3歳半)前の時期に手術を受けた方が音の聞き分けが良いです。話す言葉も人工内耳装用児の方が4倍の確率で聞き取りやすい発音となります。しかしながら、抽象的な単語の知識や文章を作る力、考えることばの力へは影響を与えません。またグループでの比較ですので、個人差が大きいです。このため、人工内耳装用児を配慮なく聞こえるお子さんと全く同じに育てていると小学校低学年で普通(っぽく)話しができるようになりますが、十分な言語力が身についているわけではありません。やはり聞こえにくさに配慮した教育が幼稚園・保育園・小学校で必要です。

 私の外来ではデメリットを以下のように説明しています。養育者としては、子どもさんに手術という侵襲を負わせることに抵抗をもちます。人工内耳は所詮、機械です。機械には故障がつきものです。故障すると体内器の入れ替えに手術が必要となります。ただ最近の機種は故障しにくくなってきています。人工内耳は人工臓器でありません。内耳の機能を肩代わりする補装具です。また人工内耳装用では軽度難聴児と同じぐらいに聞こえることが目標で、聴児と同等にはなれません。早い時期に手術を受けた先天性難聴の人工内耳装用者が成人になったときに話しをしていましたが、難聴がないと思われることに最も苦労したそうです。また手術の選択にお子さんの自律性を尊重できないという解決できない倫理的な問題があります。しかし、手術年齢と効果には関係があるため、お子さんが自分で選択できるまで待っていては、良好な音声言語の獲得という期待する効果は得られません。最大の課題は人工内耳の選択を聞こえる親が行うことです。「難聴を治療してあげたい。難聴で苦労させたくない。」という願いで選ぶので、どうしても選択に偏りが生じます。この一因として、普通に暮らしていらっしゃる成人のろうの方が身近におられないことが理由に挙げられます。手話言語を含め、ろうの方や聞こえにくいお子さんが聴者と同じように社会で制限なく暮らせるようになれば、音声言語の選択と手話言語の選択が同等になるのではないかと考えています。人工内耳は医療機器であるために、現時点では、補聴器のように福祉制度の恩恵を十分に受けることができません。故障の場合も医療保険で対応することになり、一定の経済的負担が生じます。この点に関しては、経済的な面が人工内耳の選択に影響を与えないように、現在、政府の方で負担を減らす方向で立案が進んでいます。
 人工内耳で得られるものと、人工内耳だけでは解決しないことを周囲が理解して、装用児を支援していく環境作りが必須です。

 最近は両耳に人工内耳を選択するお子さんが増えてきています。片方に人工内耳、もう一方に補聴器装用のお子さんもおられます。両耳装用が言語の発達に良いという報告はまだありませんただ騒音下での会話や方向感が有利になることが知られています。片耳に人工内耳を装用すると、対側の補聴器の装用閾値が低くなり、小さな音まで聞き取れるようになる場合があります。必ずしも全員ではありませんが、現在の両耳人工内耳のメリットである騒音下での会話や方向感は得られます。逆に人工内耳と補聴器を装用しているお子さんは、小学校低学年で補聴器を装用しなくなるお子さんもでてきます。本人にとっては人工内耳の方の聞こえが良く、補聴器が反対側の人工内耳を邪魔している場合です。この場合は反対側にも人工内耳を埋め込むことを提案することがあります。その頃にはお子さん自身が判断できるようになっていますので、医療によるリスクはありますが、最初の時よりも判断しやすいと思います。

人工内耳を選択するかどうか、迷った時は?

 私が常に願っているのは、適切な時期に十分に悩んで、その時なりにしっかりと結論をだして欲しいということです。「早く決めないと人工内耳の効果が落ちていくのでしょうか?」よく聞かれます。何歳までに、と数字に追われて、焦って決めるよりも、少し遅くなっても良いので、じっくりと考えることが大切です。ただ前述した通り、埋め込みをする時期により、その前後のグループで比較するとその後の聞き取りや発音に差がでることはあります。しかし、人工内耳の効果は個人差の方が大きいので、しっかりと納得として選ぶことを重視してください。

人工内耳を装用した後に大切なこと

 難聴の原因や状況によって異なりますが、人工内耳を埋め込む子どもたちの目標のひとつは音声言語の獲得です。人工内耳によって音を聞く、聞き分ける、単語を耳から憶える、発音がわかりやすくなるなどのメリットが得られます。しかし、それだけで言語は身につきません。普通(っぽく)話しができているのをみて、大丈夫と安心してはいけません。抽象的な単語、文章を作る力、頭の中で論理的に考えることは改めて学ばないと身につきません。どこまで理解できているかをきちんと分析し、状態を把握して適切な介入をすることが大切です。人工内耳を装用したお子さんでも聞こえにくいことに配慮したことばの発達を促す教育がないと、ことばを使って概念的なことを考えることばの力は獲得できません。人工内耳を装用していても「てにをは」などの助詞は意識しないと聞き取れません。助詞が十分に聞き取れないと「イヌをネコが追いかける」と「イヌがネコを追いかける」の区別がつきません。最初は聞こえない部分を指文字などで補い、助詞の使い方を確実に身につけないと、文章を理解する、作る力は育ちません。例えると意識しないとわからないことは存在すらわからないので、ないことと同じです。意識したうえで繰り返し聞いていると意識しなくても聞き取れるようになることを皆さんも経験されたことがあるのではないでしょうか。人工内耳を装用したお子さんたちも聞こえにくいことに配慮した学習をとおしてことばで考える力を身につけていきます。人工内耳を埋め込んだから、何がなんでも耳と音声だけで育てる、と固執せずに、ことばを学ぶことを第一に考えてください。人工内耳を装用したお子さんでも手話言語を併用してことばの力を伸ばすという選択肢もありです。必要な時は手話にも積極的に取り組んでください。

 ここから少し難しい話しをします。人工内耳を装用したお子さんは聴児とともにいると苦労することがあるということを知っておいてください。人工内耳を装用しても、「セルフアドボカシー」を育てることが必要です。「セルフアドボカシー」とは自分に必要なサポートを自分でまわりの人に説明して、理解を得る行為です。人工内耳を装用していても聞きとれないことがある子どもたちは聞こえなかったことや聞こえにくいことを相手に伝えると話しが途切れてしまうので、どうしても遠慮がちになります。こういうときに周りに聞こえなかったことを上手にもう一回、友達からひきだす言葉や、相槌の打ちかたを身につけていると会話がスムーズにいきます。この技術は小学校にはいった後に、通級指導教室や聴覚特別支援学校へ通うことで学びます。その技術を身につけていても自分の努力だけでは乗り越えられないことは残ります。この時に必要なのが周囲のサポートです。これは甘えでなく、聞こえにくいことがあるというハンディを埋め合わせる装用児たちの権利です。ことばの力を身につけるとともに、子どもさんの将来を見据えた取り組みが人工内耳装用児でも必要です。

 保育園や幼稚園は難聴のことを良く理解していて、対応してくれるところもありますが、ほとんどのところでは難しいです。対応がない状態だと、保育園や幼稚園で過ごす時間は周りから成育に有用な刺激が少なくなり、無駄な時間を過ごすことになります。また、小学校に入るときに学校の選択について相談されることがあります。この場合はお子さんが30名ぐらいのクラスに1人でいて、小学校から始まる授業についていけるかどうかを想像してみてください。デジタル式無線補聴支援機器などを駆使し、十分についていけるお子さんもおられますし、やはりお客様になってしまう場合もあります。教育環境や教科学習などの面から学校の先生に相談してください。少なくとも福岡県の聴覚特別支援学校は通常小に移籍することを無理に止めることはありません。療育者の希望、子どもさんの状態、勉強の成績などから総合的に現状に合わせて、判断することをお勧めします。

人工内耳を装用しても聞こえにくいことがありますし、人工内耳をはずすと装用児も重度難聴で、周囲の音が聞こえません。このため、子どもたちが一人で悩みを抱えて、周囲の期待に応えようと、聞こえないことの悩みを打ち明けないことがあります。このため、同じ人工内耳を装用したお子さんや聞こえにくい子どもたち(同障者と呼びます)とのつながりをきらさないでおいてください。子どもさんが小さい時は必要ないと言うかもしれませんが、思春期など自分を見つめなおす時期に、そのつながりが本人の心の安定につながる場合がしばしばあります。

おわりに

 長い文章を読んでくださり、ありがとうございました。専門的なことばや内容でわかりにくかったかもしれません。わからないときは近くにおられる療育・教育の先生に聞かれてください。福岡県で子どもの人工内耳の手術が始まったのは、2000年でもう20年以上たちます。その間に医者はもちろんのこと、先生達も色々な経験を積んできておられます。悩みを自分で抱え込まずに気軽に相談されてください。また聞こえにくさをもって成人になられた方の体験談を聞くのも子どもさんの将来を考える時に役に立ちます。私のつたない文章が皆さまのお役にたてれば幸いです。

 最後に一言。大いに悩まれてください。正解はありません。しかし、悩まれたことが必ず子どもさんの将来に良い影響を及ぼします。応援しています。

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