はじめに
きこえない子どもたちが、「今、ここ」で交わす日常会話である「生活言語」の段階から、様々な数式や図表、記号等を用いた抽象的な学習や思考を行う「学習言語」の段階に進んでいくためには、読み書きといった言語活動と関連して、高度な思考の方法を身につける必要があります。
また、社会に出て他者と共に働き、互いにコミュニケーションしながら協力して課題を解決していくためにも、考える力は大切です。特に不確実な時代と言われる現代社会においては、「正解のない問題に対して、自ら問いを立てて納得のいく答えを導き出す力」は大切であり、そのためには、曖昧な情報や複雑な状況を構造化し、問題解決にあたっていく思考活動は欠かせません。
今回は、このような高度な思考活動のベースにあって、幼児期から育てていく必要がある、「基本操作(logical operations)」や「思考スキーマ(thinking schema)」について考えてみたいと思います。
「9歳の壁」を越えるために必要な思考のスキーマ


難聴児は抽象的思考の段階に入る小学校4年生あたりの言語・認知発達のレベルをなかなか超えられず(いわゆる「9歳の壁」)、その手前で足踏みをしているとよく言われますが、その「壁」はどのようにして超えられるのでしょうか?
具体的には、以前にこのHPにも書いたように、聾学校に通う難聴児の半数が、上記『比較3問題』の問2が正答できないという実態があります。この問2は、小3年レベルの問題と言われ一見なんでもないような問題に見えますが、この問題には、以下のような条件が含まれており、そのことが難聴児の正答率の低さに関係していると思われます。
①3つのものの比較という「推移律」が理解できていること
②見た目が変わっても質量は同じという「保存の概念」が理解できていること
③「もし~なら~」という「仮定」の思考方法ができていること
④「~より」という機能語である「助詞」の使い方が理解できていること
幼児期から必要な活動の積み重ね


では、こうしたことが理解できるようになるためにはやはり幼い時からの親子でのやりとりとその積み重ねが必要です。では、幼児期からどんなことに取り組んでいけばよいのでしょうか? 例えば、上の事例でいえば、「推移律」の初歩的な段階での「比較」というスキーマは、上記事例のようにすでに1~2歳代から親子のやりとりの中で始まっています。そして、上図に比較概念の大まかな発達順を示しましたが、こうした「比べる」ことの発達の積み重ねを経て、やがて「推移律」というスキーマが獲得されていくわけです。
さまざまな思考のスキーマ


それでは、幼児期から取り組める思考スキーマとそれに関連する活動はどのようなものがあるのでしょうか?木島(筆者)は、難聴幼児の保護者の育児記録(事例A,Bなど)と幼児期に使用される発達諸検査の分析から上記のような6つの思考スキーマ(thinking schema)を抽出しました。
また、数学者の銀林浩(2007)は6つの「基本操作」(Logical operations)を提案しています。いずれも、抽象的思考や論理的思考につながる大切な方法と思います。このような視点を持ちながら、子どもと対話をすることが、その子の将来の抽象的思考や論理的思考の獲得に繋がるのだと思います。
次の章では、こうした取り組みをしておられる保護者の方からの手記を以下に紹介したいと思います。この手記は7月にホームページで紹介した『セルフアドボカシーの力を育てる(2)~ある小1保護者の手記から』の記事の中で省略していた部分の掲載になります。
思考を育てること(保護者手記)
「幼児期からことばを育てることに取り組んできましたが、それと同時に私が意識してきたことがあります。
それは、『思考を育てること』です。
難聴児の言語発達について書かれた文献では、学年があがるにつれて抽象的な言葉の理解や目の前にないことを想像して考えることにつまずきやすくなることが述べられています。
また、「9歳の壁」は、9歳になって突然現れるものではなく、それ以前からの言語や思考の積み重ねが大切であることも学びました。そのため私は、幼児期からその土台を育てたいと考えてきました。
私が意識していたのは、単に言葉を覚えることではなく、『言葉を使って考えること』です。
・因果関係
・仮定
・三段論法
・帰納的な考え方
・共通点や相違点を見つけること
・理由や根拠を言葉にすること
などを、日常生活の様々な教材と考え、意識的に繰り返してきました。『勉強』として教えたというよりも、日常会話の遊びの中で自然に積み重ねてきたという感覚です。
目の前にないことを想像する
例えば、
「もし、水道の蛇口からカルピスが出てきたらどうする?」
「線路に駅がなかったらどうなるんだろう?」
と問いかけ、実際には起こっていない状況を一緒に考えました。
また、車を運転中、後方の車に煽られた時に
「あの車は約束に遅れそうなのかもしれないね。」
「おなかが痛くて急いでいるのかもしれないね。」
など、目の前に見えない行動の背景を想像する会話も意識してきました。
「どうしてそう思ったの?」
「相手はどんな気持かな?」
このような問いかけを生活の中で繰り返してきました。
現在の学習面での様子
現在はまだ一年生ですが、担任の先生からは、
・算数の文章問題を理解できていること
・国語の日記で、自分の気持ちを豊かに表現できていること
・先生の話の意図を理解していること
など、教えていただいています。もちろん、現在の様子だけで今後も問題がないとは考えていません。
学年が上がれば、文章は長くなり、抽象語や比喩、複雑な因果関係も増えていきます。学習面や日本語力については、これからも丁寧に様子を見ながら、長い目で見守っていきたいと思っています。」(以上保護者手記)
【感想】このような、日々のさりげない会話の中で、「子どもに考えさせる」よう配慮することはとても大切です。なぜなら、子どもは「自分で考えるからこそ、考える力がつく」からです。
きこえる子は、いろいろな場面で様々な情報を「聴き取り」、ことばを自然に獲得し、様々な知識(世界知識)として蓄えていきますが、難聴児はこのような自然な言語・知識の習得は、どんなに聴力が軽くとも困難です。それが「難聴」という障害の特性であり、それゆえに「難聴児は言葉が少ない」とか「抽象的な思考が苦手」ということが起こるわけです。何かを学ぼうという明確な意図なく知識やスキルが身につくことを「偶発的な学習」と言いますが、難聴児はこれが出来ないのです。それゆえに、用を足せば終わりという日常会話だけで日々終わっていると、どうしても言葉の数もことばの概念も、そして知識の量も、さらに考える力もきこえる子と同じには伸びません。
上の事例の親御さんは、その点、無理なく楽しみながらお子さんと会話をしておられる様子がわかります。その結果が、学校での生活の中にあらわれているように思います。(木島記)
(補足資料)考える力をつけるための会話の工夫




