幼児期に文字を導入する方法

文字
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難聴児の早期文字(含指文字)習得は、「英才教育」とは意味が違う

  きこえない子には小さい頃からなぜ、文字(含む指文字)に関心を持たせる必要があるのでしょうか? きこえない子たちにとっての文字の大切さは、一般的に言われているような「英才教育」といった意味での早期教育の意図とは違います。文字はきこえない子たちにとって、日本語を獲得していくために必要不可欠な役割をもっているからです。

 きこえない子たちは、補聴器を付けているから、あるいは人工内耳をしているからと言って私たちと同じようにきこえているわけではありません。このことは、軽度難聴と言われる40dB程度のきこえの子も低い音から高い音までフラットに約30dBで入力できる人工内耳であっても、基本0デシベルの聴児とは音声のききとりレベルは質的量的に全く異なるレベルだということを知っておきたいものです。

 軽度・中等度難聴児であっても文字や指文字がわかるようになって初めて、「あんなによくわかる発音で話しているのに、そんな風にきこえているとは思わなかった」と、親御さんが驚くことがよくありますし、上に示した例はそうした例です。そして、こうした間違いを直せるのも100%の音韻が弁別できる文字・指文字あってのことなのです。そういう意味で、文字の習得は早い方がよいのです。

 また、「明日、ディズニーランド 行くよ。」と会話で話していることも、「今日 ディズニーランド いくよ。」ではなくて「」や「」という文字を使うのだということなども、絵日記等の文を見たり読んだりすることを通して、日本語の文法や表記の仕方として理解していくことができます。きこえない子たちには、「きくこと」や「読話すること」だけに頼って日本語を獲得していくのではなく、必ず文字や指文字といった視覚的な手掛かりを併用して日本語を正しく理解していくのだということを知っておいていただきたいと思います。

 とはいっても発達は順番にしか進まないので、幼児期においては、言語の獲得は①まず手話で、そして②音声併用へ、その次に③指文字や文字へという順番になるのが一般的です。このあたりの発達については下の記事を参照していたたくこととして、ここでは文字環境をどのように準備し、どのように文字を見せていくかについてさまざまな方法を紹介しますので、それぞれに合った方法で準備していただければよいのではと思います。

*「手話からスタートして日本語はいつ頃どのようにして獲得されるか?」https://nanchosien.blog/japanese-acquisition/#japanese-acquisition1

まず、五十音表を貼っておこう!

  さて、では、このように大事だと言われている文字をどのようにして子どもたちは読めるようになっていくのでしょう。4,5歳の時期から文字や指文字を覚える場合は、「あ」「い」「う」「え」「お」・・・と一文字一文字ずつ音声や指文字と合わせて、覚えて読めるようになっていく子ども達もいます。
 しかし、2,3歳の子どもたちが文字・指文字に興味を持ち始める時は、一つの単語の文字のかたまりを、絵のようにとらえて覚えていくことが多いです。たとえば「アンパンマン」という文字はアンパンマンの絵に添えられてよく見るため、子ども達はアンパンマンと読むことが始まります。自分の名前もそうです。くつや下駄箱に「たろう」と書いてあれば、その三つの文字のかたまりが自分の名前と理解できるようになるわけです。

  ただ、そうした文字はどんな約束のもとに作られているか、またどれほどその文字はあるのか、よりどころとなる一覧表は必要です。壁に大きな「指文字表」を貼っておくこと、さらにまた、パウチした小さめのA4の指文字表を貼っておき、お風呂につかりながら一緒に遊び感覚で「あ・い・う・え・お・か・き・く・・・」と唱えたりしましょう。覚えなくても一向にかまいません。ア行、カ行、サ行・・と自然に順番がわかるようになればよいのです。縦に言えるようになったら次は横に「あ・か・さ・た‥」と言えるようにしましょう。50音の暗記は将来、辞書を引くようになった時、必ず必要になります。

持ち物に名前を書こう、身の回りのものにものの名前を書いて貼ろう

 子どもがこうした文字の世界に興味を持つようになるためには、新しく買った箸や、茶碗、靴などに「○○ちゃんの名前を書くね」と、子どもの目の前で話しながら書いてあげたり、きょうだいの名前も同じように書き、違いに気付かせたりするのも家庭で文字環境を整える一つの方法です。

 また、文字への興味を持ち始めたら、「れいぞうこ」「たんす」というように文字のカードを家具に貼り、文字をたどりながら読んで、手話や指文字とつなげてあげるのもいいでしょう。さらに、おもちゃやクレヨンなどを入れておく整理棚にも「ボール」「にんぎょう」など分類して書いておきましょう(これはのちに物のカテゴリーを知る上にも役立ちます)。

 このように、子どもの様子を見ながら少しずつ文字刺激を増やし、環境を整えていくつもりで、文字の世界へ上手に導いていってあげたいものです。子ども達が文字に興味関心を持つ時期は、一人一人違っています。3歳になったから、そろそろ・・とは必ずしもいきません。押しつける形で文字に触れさせるかかわりをすると、返って文字嫌いにさせてしまいかねませんので気をつけたいですね。

カレンダーを貼ろう

日めくりカレンダー

 時間は見えない概念ですから、カレンダーや時計について意味がわかるようになるには年長さんくらいまでの時間がかかります。まずは、カレンダーを3種類、準備しましょう。
 一つ目は「日めくりカレンダー」。そこに、行事予定など書きます。例えば5月15日に遠足に行く予定なら、その日のカレンダーのところに「えんそく」と書いて写真やイラストを貼っておきます。あと何回寝れば遠足になるか、子どもは楽しみに待てます。そして15日が終わったら「遠足に行った」と二語文にします。日記の代わりです。破った15日の紙は、日めくりカレンダーの下に一列に横に並べて日曜から土曜までの分7枚を貼っておき、その日の曜日のところのいちばん上に貼ります。1週間分を貼ると次の週はまたその上に貼り足していきます。

月カレンダー

 1か月ごとの月カレンダーを準備します。予定などが書き込みできる少し大きめのものがよいでしょうが、壁のスペースの都合などもあるでしょうから、こちらの書き込み欄にやることを書くなら日めくりカレンダーは書き込み欄なしでよいでしょう。 また、週の言い方を示す「せんしゅう」「こんしゅう」「らいしゅう」の表示テープを準備し、一週間ごとにずらしていくのもよいでしょう。

年カレンダー

 これは小さめの月カレンダーを円形に貼り、季節(はる・なつ・あき・ふゆ)の表示をしたり、スペースがあれば季節の行事などを貼ったりするのもよいでしょう。

写真カード・コミュニケーションカードを作ろう

 写真カードは、実物そのものに近い分、1歳前の子でもわかりやすい視覚教材です。よく行くスーパーやコンビニ、郵便局、銀行、学校。また、家族や先生、学校の友達などの人物、野菜や果物、お菓子などにも使えます。

また、コミュニケーションカードは、その場での体験をささッと絵にして(写真も可)、そこに単語や2語文程度の文を付けます。時間にゆとりがないと難しいですが、紙に描いたものは残るのであとで子どもと会話するときに役立ちます。絵日記をその場で短時間に描くような感じです。

ことば絵じてんを作ろう

 「ことば絵じてん」は、同じカテゴリーをもつもの(基礎語)を集めて同じページに貼り、インデックス(上位概念名)をつけて作りますが、1,2歳ではまだ上位ー下位概念で作るのは難しいので、子ども自身の持ち物、子どもが好きなもの、興味をもっているもの、よく行く場所の写真、家族や親せきの写真など身近なもの・人・場所などを集めて作ります。
 また、使い方の工夫として、ただ見せるだけでなく、子どもと一緒に活動することを考慮して作るとよいです。以下に使い方の例をあげておきます。

絵日記を描こう

 絵日記は本人の経験したこと(やったこと、見たこと、思ったこと、感じたことなど)を綴った自伝的記録ですから、子どもにとっては世界で一冊しかない貴重な本。本人が将来、自分で自分を振り返りながら書けるように、今は親が手伝って一緒に書いているわけです。
 また、日本語のしくみを学ぶ上での大切な教材としての役割があります。絵日記の文は、単語から2語文へ、そして3語文や多語文へと、子どもの成長と共にだんだんと長くなっていきます。と同時に、いろいろな表現の仕方をそこに組み込んでいくわけです。
 例えば、①「オノマトペ」(擬音語や擬声語など)を使ったり、②たとえや比喩(「例えば」「~みたい」など)を使ったり、③会話文を入れたり、④普段あまり使っていない語を使ったり、⑤受動文(「~(ら)れる」)や授受文(「~あげる・くれる・もらう」)、使役文(「~させる」「~させられる」)を使ったり、⑥接続詞(「~ので・だから、~けれど・でも」など)を使って複文をつくったりなど、子どもの表現力の成長と共に工夫して取り入れることで、子どもが将来、自分でそうした表現ができるようウォーミングアップしていくわけです。
 しかし、その力は一朝一夕につくわけではありません。幼児期においては、まず、自分で伝えたいと思うことをきいてくれる人がいることが必要です。それが大人の役割です。「うんうん、それで?」とか「だれがそう言ったの?」「そりゃあ、とっても楽しかったね」などと足りないことを質問してくれたり、一緒に共感してくれる人の存在です。そうした練習を経ながら、私たちは自分一人で文が書ける力をつけていきます。

  以上のような絵日記の意義を踏まえて、ぜひ、お子さんにとって楽しい絵日記を書いて欲しいと思います。もちろん、それぞれの家庭には事情があってなかなか絵日記に取り組む時間がとれないという方もいらっしゃると思いますし、「私は絵が下手で・・」と絵日記に消極的になる方もおられると思います。毎日でなくてもいいですし、写真を使ったり、線画でもかまいません。お子さんに絵を描かせるというのもよいでしょう。その時に使った実物やチケットやレシートを貼り付けるのもよい方法です。週1回でもかまいません。できる範囲でいろいろと工夫しながらお子さんと会話しつつ書く時間は、お子さんにとっても、とても貴重な時間になると思います。また、絵日記については、下記の記事を参考にして下さい。
*「幼児の絵日記を四段落で描く方法」
https://nanchosien.blog/how-to-write-a-dialy/#how-to-write-a-dialy1

絵本を読もう

 まずは、絵本の読み聞かせから。一日一冊の読み聞かせを習慣化しましょう。そして、「再現あそび」をする中でイメージを膨らませる力を育て、いろんな役割をとってその役になりきって遊びましょう。それは他者の立場の違いを学ぶ貴重な機会になると思います。絵本が好きになり、「もっと読んでほしい」という意欲が高まれば、「自分で読みたい」という力も育ってきます。

手紙を書こう

 書記言語の特徴は、全てのことを文で説明しなければ相手に伝わらないことです。会話のときのように、話す中身の手掛かりとなる物が目の前にあるわけではありませんし、聞く人が話す人と同じ体験をしているとは限りません。ですから、全てのことをことばで説明しなければ伝わりません。「いつ、どこ、だれが、だれに、なに、どのように、なぜ」といったキーワードとなることばを頭に浮かべながらことばで説明する力の習得にはかなりの練習が必要です。
 また、会話の中ではわからなかったことは相手はリアルタイムに尋ねてくれますが、書記言語ではそうはいきません。すべて最初から相手がわかるように自分で考えてことばで表現する必要があります。そのためには、「こう書いたら、相手はどのようにうけとめるだろう?」といった相手の心を想像する力が必要です。これは難聴児の苦手なところです(これについては下記の記事を参照)。手紙を書くことをとおして、受け取る人の心を想像する力を伸ばしていけるとよいのではないでしょうか。

*「なぜ、難聴児は『心の理論』の獲得が遅れるか?」
https://nanchosien.blog/theory-of-mind/#theory-of-mind1

文字を使ってあそぼう

 子どもが文字に興味を持ち、少しずつ文字を覚えてきたら、文字をつなげてことばを完成させるあそびができるようになります。上のような市販の絵カードを使ったり、市販の五十音かるた、自作のかるたなども工夫できるでしょう。例えば、覚えた50音の「あ・い・う・え・お・か・き・く・け・こ」の10文字の絵カードを2枚ずつ合計20枚のかるたを作って裏にして床に並べ、いわゆる『神経衰弱』(文字のマッチング)を子どもとするのも楽しいものです。このような文字遊びをいろいろと工夫してみてはどうでしょうか。

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