日本語力・セルフアドボカシー・人間関係・コミュニケーションの力を高める指導の工夫(難聴学級実践報告)

インテグレーション・通常学級・難聴学級・通級指導
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はじめに

 ここで紹介する教育実践は、2024年度の全国難聴・言語学級全国大会で報告された、沖縄県那覇市にある安謝小学校難聴学級担任高良千恵子先生によるものです。
 高良先生は、難聴学級も難聴児を受け持つのも初めてでした。難聴とはどんな障害なのかも全く知らないところからスタートして、ともかく、小1に入学してきた難聴児と正面から向き合い、子どもの課題が何かをさぐり、試行錯誤しながら指導のための教材を考え実践し、結果を確かめつつ次の課題を見出し、実践をステップアップしていきました。その6年間の貴重な実践の記録をパワーポイント、動画、実際の教材などににまとめ、上記大会において口頭で発表しました。当日参加者の感想は最後に紹介しますが、ここではパワーポイント資料だけですが掲載します。画像だけではとても実践の詳細を知っていただくことはできませんが、難聴児の言語面、学習面だけでなく、障害認識・セルフアドボカシーや友人関係の面での成長ぶり、さらには周りを取り巻く通常級の子どもたちの関わり方の変容など、まさに「主体的・対話的で深い学び」がそこに実現されていることを多少でも知っていただけるのではないかと考え、関係者の承諾を得て掲載させていただきました。
 なお、この実践は、オンデマンドを視聴した県議によって沖縄県議会で取り上げられ(ひとつの教育実践が県議会で取り上げられることって多分めったにないでしょう)、人事面や予算面で沖縄県の難聴児支援・教育の充実につながるものと期待されます(県議の質疑の様子をビデオで見ましたが、視聴した時の感動を思い出されたのか県議の声がふるえている場面がありました)。

実践報告

まず、ことば(日本語)を身につけさせないと・・・~低学年で行った体験活動と語彙指導について

★ここまでが低学年時の実践で、日本語がほとんど習得されていないことから、とりあえず教科書を横に置き、まずは実物に触れ、そのものの概念・意味をことば(日本語)と結び付けていく体験活動を中心に行っています。そのことによって児童は活きた概念・日本語を身につけ、さらに、モノは同じものが集まって仲間(カテゴリー)を作り、それが上位の概念(抽象概念)を構成していくという構造を学ぶことが出来ています。この仕組みを学ぶことによって飛躍的に語彙を増やすことが出来るようになります。

ある程度の語彙は身についた。次の課題は?~文法指導に取り組んだ3年~4年前半頃

☆3年生から4年生前半頃は、日本語文法の指導が行われています。難聴児の苦手な助詞や動詞・形容詞の活用の指導がこの時期にしっかりとなされることで、文を読んで理解する力がつきます。また、日記指導と並行して行うことで、文を書く力がつきます。この段階で基礎的な日本語力の習得は一段落です。ただ、やはり語彙力とか幅広い知識の獲得といった課題は残ります。この力が文章の読解力や作品鑑賞力を支えます。耳からの情報収集に限界のある難聴児にとっては、語彙の拡充や世界知識の習得は”永遠の課題”と言ってよいと思います。

セルフアドボカシーの力をつけよう!~4年後半の自立活動・メインプログラム

☆小学校3,4年生になると、だんだんと自分自身のことを客観的に見る目が育ってきて(メタ認知・「脱中心化」)、周りの子どもたちとの違いを意識し、自分の障害について考えるようになります。この頃が、セルフアドボカシー(自分の障害を周りの人に知ってもらい、自分に必要な支援を引き出す力)の指導を開始する目安となる時期です。
 ただ、他者に自分の障害について適切に伝えるためには、その前提として自分の障害を客観的にみつめ、自分の障害を否定しないことが大事です。自分の障害を否定的にみていると、どうしても相手に事実を事実として伝えることが出来にくくなるからです。といってそれまでの環境の中で培われてきた自己認識・障害認識は、すぐには変わりません。ありのままの自分に自信を持ち、自己肯定感をもてる体験を数多くしていくことが大事で、周囲とのよい関係を作り、周りから自分の存在を認められる経験を積み重ねることも必要です。低学年での難聴児のテーマが「日本語力・思考力」とすれば、高学年の難聴児のテーマは「障害認識・セルフアドボカシー・人間関係・コミュニケーション」です。自立活動領域で出来ることからさらに範囲を広げ、周りの先生方や子供たちとの関係づくりを含めた、すなわち障害理解教育の世界へと歩を進めることになります。この実践こそが将来の「共生社会」の土台をつくることに繋がっていくのだと思います。

きこえる人と関わる力をつけよう!~高学年で取り組んだこと

★6年間という長い期間を通して、高良先生がその時々に子どもの課題と感じたことに真正面から取り組みそして成果として残してきたことがよくわかります。そして、大きく分けて3つのテーマ(日本語・セルフアドボカシー・コミュニケーション)に取り組んできたわけですが、この3つのテーマこそ、実は聴覚障害教育においてどの難聴児も取り組み、力をつけていく必要のある課題です。そう考えると、高良先生の実践は個別的な実践でありながらどの難聴児にも共通する普遍性をもった実践だと思います。

難言大会報告(第4分科会)に寄せられた参加者の感想

 以下は、2024年夏に行われた難聴言語障害教育沖縄大会第4分科会(聴覚)での高良先生の実践報告への感想です(一部抜粋)。

・児童の頑張りはもちろんですが、周りの環境が素晴らしいと思いました。
・先生方の子どもたちに向き合う姿がステキでした。
・実践発表とても感動しました。安謝小のような校内体制を目指していきたいです。
・感動の実践報告でした。大人になって活躍する姿が浮かびます。
・児童の実態を把握することがとても大切だと改めて感じました。聴覚のことについて様々な指導実践も学ばせていただき、本当にありがとうございました。助詞に意味をつけて教える指導法や、カードを使った分作りなど、自閉情緒の特別支援学級でも実践していきたいと思いました。
・本児だけでなく、その周りが自主的に手話を活用している様子にとても感動しました。安謝小の素晴らしい取り組みを多くの先生に知ってもらいたいと思いました。
・レポートがすごく分かりやすかったです。小学校入学時に言葉がほとんどない児童を、しっかりと検査して実態を知り知的障害と早合点するのではなく体験の充実、語彙の拡大につなげていけた環境がまず不可欠だと思いました。本校でも、小学部入学時に重複障害か単一障害かの判断が分かれた児童がいましたが、現在は大学に進学しています。最初の関門として子どもたちの人生をも左右しうることを教育は自覚しておかねばならないですね。・・言葉は未来を広げる可能性を秘めているとあらためて痛感しました。素敵な発表ありがとうございました。
・お子さんの今に至るまで、担当の先生が丁寧に指導を積み重ねたこられたことをご教示いただきました。髙良先生に会うこと、学校に行くことが、楽しみでならないお子さんの気持ちが伝わってきました。対面でお聞きする良さを改めて感じました。
・先生の実践が素晴らしく、あんな向き合い方を自分もしていきたい!と思うと、学び続けることの大切さを感じました。
・安謝小学校の素晴らしい取り組みにただただ感動しました。いい刺激とヒントをもらい実践に活かしていきたいと思います。ありがとうございました。
・内容はすばらしかったです。そして、とてもステキな会場でしたが、意見や感想など言いにくかったです。
・これが難聴級のあるべき姿だー。ちゃんと実践されてる先生もいたー、と大感動で、胸がいっぱいになりました。お名前もお顔も見せて私たちにその成長を見せてくれて、大切なことをたくさん教えてくれたお子さんとお家の方に心から感謝します。今、新しく難聴級を設置している教育委員会の指導主事も、設置校の管理職も、任命される担当者も、このような理想的なあり方のイメージをほとんど持てていないのが現実です。どうやって伝えていけばいいのか、私は私の今いる立場で全力で考え、現状を少しでも変えていきたいです。
・私は、教師として、子ども達に何ができるのか考えた時、やはり一番の願いは「幸せに生きてほしい」と、再確認できた研究協議でした。日本語文法は、私も学んでいきたい分野です!
・アセスメントの大切さや児童に合わせた指導支援・児童を囲む環境の重要性を学んだ。取り組みにとても感動した。
・すごく良かったです。自分自身、難聴担任を初めてもち、手探り状態なんですが、同じ境遇の人達と繋がる事でホッとしました。
・髙良教諭の実践は、児童の小1時代の混沌から、模索、葛藤、そして成長が詰まっていた。勿論、髙良教諭が切迫感の中、貪欲に学び活かす実行力が結実した姿だと思う。同校の先生方の理解、参加も児童を支えている。難聴児、全ての子を育めることは教師冥利につきる。
・安謝小学校の高良先生の個の児童に向ける情熱を感じました。アセスメントからきちんと把握し的確な指導法の工夫があるゆえに、それに答える子供の姿、刺激になりました。また、周囲をとりまく同僚とのチームワーク、子供同志の理解、保護者との連携のコツをもう少し詳しくお聞きしたいなあと思いました。セルフアボカシースキルは、生きていく中でとても必要である事を実践の中から改めて感じました。
・すごく心にのこっていることは、映像の中から、子供同士が顔を向き合わせて、同じ目線で活動している姿でした。お互いが認め合って繋がっていることで心が通い合うコミニケーションの力がついていること素晴らしいなあと感動しました。島から参加し、これまで、知的、情緒、言語学級と関わり聴覚の児童と関わった事がなく、次年度入学してくる予定の児童への構えで参加しましたが、障害種が違っても、応用できる実践だと思います。県内の特別支援を担当している先生方への共有も必要だと思います。参加できて良かったです。
・私の勤務校は難聴のセンター校として運営しているので、常に難聴学級がある状態で、難聴の児童がいれば難聴学級ができる、という状況の中で、あれだけの取組ができるということに本当に驚きました。校内の先生方の協力が得られたのも、先生の真摯な姿やお人柄ゆえのことかなと思います。貴重なお話をありがとうございました。
・千恵子先生の約6年間の体系立てた実践の発表の場にいて、その実践の究極の成果、お子さんの成長、周りのお子さん達の成長を知ることが出来ました。セルフアドボカシースキルを身に付けることの大切さ…実は、他の障がいのあるお子さんはじめとした全ての方々にとっても大切なスキルだと思いました。そして、体系立てた指導法があるのは素晴らしいですね。その指導法を難聴学級担任だけではなく、通級担任、特支校担任、皆で実践して、過程、成果、課題を共有し合い、そこから前に進めていけると本当に素晴らしいでしょうね。何よりもお子さんの成長がもれなくついてくるプレゼントがありますからね。難聴学級の担任のある実践が、お子さんや交流学級、全校の子ども達、周囲の教師達、保護者を変えてきた実践として他都道府県でも伝えて頂けたらいいのではないかと思います。千恵子先生、これからも子ども達の成長のために頑張ってくださいね。ありがとうございました。

大会助言者・当日資料(パワーポイント)

 以下は、大会当日の分科会助言者として参加した木島の資料です。ひとことでインテグレーションと言っても子どもへの対応はいろいろです。①通常学級のみでとくに対応なし、②通級指導教室に週1~2度通い個別指導や集団指導を受ける、③難聴特別支援学級に入級し自立活動や国語・算数等の授業を受け、交流学級(通常学級)で授業に参加するなどです。今回の実践は上記③になりますが、どこでどのように支援・指導を受けようがやることは同じです。もちろん、聾学校もです。難聴児の課題は変わらないのです。一人一人のお子さんについて、①日本語・学力、②障害認識・セルフアドボカシー、③人間関係・コミュニケーションという3つの観点からみていくことが大切だと思います。

関連記事・参考資料

★高良先生の実践報告(1回目・2022年)
 「将来の夢はろう学校の先生」~重度難聴のS子との3年半の記録(難聴学級) | 難聴児支援教材研究会 (nanchosien.blog)

☆高良先生の実践報告(2回目・2023年)
 主体的・対話的で深い学びの実現に向けて~障害認識を深め自己肯定感を高める指導の工夫を通して(教育実践) | 難聴児支援教材研究会 (nanchosien.blog)

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