外国人子弟の日本語教育に文法指導を導入してみた(実践報告)

実践の記録
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 助詞や動詞の活用に弱いのは、きこえない子だけでなく、外国から来て日本に住んでいる子どもたちもそうです。こうした現状を踏まえ、私たちは日本語文法指導を提唱・実践してきました。そして、日本語がわかることが、その子の日本語力の向上はもちろんですが、その子の学ぶ意欲の育ちにつながり、生活全体の中でその子が活き活きとして自信をもって生活できるようになっていく姿を見てきました。今回は、日本語文法指導を7か月間実施して、ことばの面でも心の面でも成長がみられた外国人子弟B君の成長について、指導にあたられたA先生のメールから紹介したいと思います。

日本語教師A先生のメール(2022年2月)

「・・以前、先生(筆者)が動画(注:『YouTube日本語講座』第23回)の中で「子どもができるようになったとき、よっしゃ!と思う」とお話しされていたのをみました。私も最近、少しずつですがB君の授業でそれを感じることができ、うれしく思っています。3学期は、B君が授業中終始ニコニコと楽しそうに活動できていて、語彙も少しずつですが増えてきています。Jcossのテストのおかげでレベルが分かったことや、指導方法のアイデア(「級別・助詞プリント」非売品など)を教えていただけたおかげだと改めて感謝いたします。

 今週の授業で印象的だったのは、「『が・で・に・を』すごろく」を使った作文の学習です。すごろくの駒が「が」に止まったら、「が」を使って作文する、という学習です。その前に、いつも「が・で・に・を練習ワーク」(凡人社)を15枚練習しているので、分からない時には、そこに出てきたものと同じでも言えたらオッケーにしています。初めは見ながら作文することもありましたが、B君が自分でルールを変えて「ここに書いていないものが言えたら、さらに3マス進む、にしてもいいですか?」と聞きました。そのルールで行うと、わたしの知らないキャラクターなども出てきて、様々な文を楽しく作ることができました。

 この活動で、日常の会話に変化が出てくるか、年度末の最後の助詞テストがどれだけできるようになるのかはまだわかりませんが、この時間にできるようになったことが増えていることは確かです。また、先週学習したことも覚えていることが多いと感じます。語彙を増やすために、この間いただいた形容詞の表を参考に、コンテンツの内容を少しずつ増やしていきたいと考えています。日本語指導が、ますます楽しくなってきました。・・・」

B君の指導前の日本語力(2021年9月)

 このメールにあるB君は、外国から日本に働きに来ている方のお子さんです。日本に来たのは小学校2年生の時。その頃より週2時間、日本語指導の授業を受けてきました。しかしそれでもなかなか話せるようになりませんでした。5年生になって日本語の指導を1時間だけ担当されたA先生が、その年の9月にたまたまこのホームページをご覧になり、連絡をとってこられました。そして何回かのやりとりの中で、日本語の力を確認したほうがよいと思い、Jcoss(日本語理解テスト)を実施していただきました。また、助詞のテストもやっていただきました。Jcossの結果は5~6項目通過(年中レベル)。また、助詞テストは26点で、ほとんど理解できていないことが分かりました。

 B君の4月当初のようすは、日本語への苦手感が強く、自信を失い、課題が難しいと机に顔を伏せて取り組もうとしないことが多々ありました。また、学級担任の先生からは、助詞の使い方等がわかっておらず話していることがきちんと伝わらず困っていると言われていました。そのような事情から、日本語教育担当のA先生は2学期より助詞の指導に取り組み始めたわけです。

 このような経過を経て、日本語の指導を受けたB君は、「わかる授業」がだんだんと楽しくなり、この週1時間を心待ちにするようになりました。翌週がたまたま祭日で、この授業がないとわかると、別の時間に振り替えてやってほしいというようにまでなりました。こうして、B君は学ぶことへもどんどん積極的になっていき、日本語への苦手感も少しずつ自信へと変わっていったのです。以下は、2月のある日の授業の流れ。

ある日の授業

 1.コンテンツ・・・新しい形容詞とナ形容詞(江副文法では「なにで名詞」)のコンテンツを作りました。B君は知らないものもありましたが、この時間に言えるようになりました。

 2.動作のことばカード・・・2学期に引き続き楽しくできました。「ひもをむすぶ」だけ知らなかったようでした。

 3.助詞「に・で・を」復習・・・品詞カードとミニカー、ペープサートを使って、たくさん作文しました。とても楽しくできました。車を「降りる」がはじめは難しかったのですが、電車やバスなどでも繰り返し練習をして言えるようになりました。

 4.がでにを練習ワーク・・・初めてこのテキストを使いましたが、3枚セットでレベル5まで、合計15枚を楽しくできました。「次は、10秒で!」など、自分で決めて取り組みました。

 5.すごろく作文・・・「がでにを」をすごろくにして作りました。止まったマスの助詞「がでにを」を使って作文します。「今日使ったミニカーを使って言えたらさらに1マス、ペープサートを使って言えたらさらに2マス進にします」と、自分でルールを考えて楽しくできました。

 6.読み聞かせ・・・絵本『のりまき』を読み聞かせしました。恵方巻を知らなかったようでエピソ―ドを話しました。

 7.すごろく「形容詞活用」・・・楽しくできました。

A先生からのメール(3月)

 「・・おかげさまで、今年度の日本語の授業が終わりました。先生に教えていただいたおかげで指導方法が分かるだけでなく、周囲に日本語指導について相談できる方がほとんどいなかったので、とても心強かったです。 助詞テストの結果を送らせていただきます。B君の変化は目を見張るものがありました。会話も1学期に比べて、やりとりが続くようになってきています。当初は校内で一番心配していたほどでしたが、成長がみられて、とても感謝しています。また、担当した子へのアンケートでは、全員が「楽しかった」「来年度も受けたい」と答えてくれました。使った教材は、どれが楽しくて、どれが日本語ができるようになったのかを聞いたのですが、どれも楽しくどの活動も日本語ができるようになったと答えてくれました。・・」(以上A先生メールより)

 助詞テストの得点は1回目(9月)は26点でしたが、週1回、半年間の指導の後(3月)は70点に伸びました。半年間で44点の伸びは驚異的な伸びです。1回目の助詞テスト26点というのは、ほとんど偶然にあたる確率の得点ですから、学級担任のいうように「助詞が全く分かっていない」状態だったわけですが、週1回の指導でもここまで伸びたわけです。助詞テストⅢ型は80点以上合格点のテストですから、もう一息のところまで来たわけです。そして、B君は来年も日本語文法の勉強をしたがっている。それほど日本語を学ぶことが「楽しく」なり「好き」になったということでしょう。ただ、A先生は1年間の期限付き講師。B君との授業は残念ながら次年度はありません。しかし、日本語の基礎的な力がつき、新しいことに挑戦する気持ちが芽生えた今、次年度にどのような先生になったとしても、B君は「机に顔を伏せて取り組もうとしない」ということはもうないだろうと思います(木島記)。

関連記事・教材

★助詞テストⅢ型

☆『きこえない子のための新・日本語チャレンジ』 難聴児支援教材研究会発行 A4版 184頁 1,600円(税なし)https://nanchosien.blog/challenge/#challenge

★『絵でわかる動詞の学習』 難聴児支援教材研究会 A4版 86頁 切り取り式ワーク(別冊解説書付) 1,700円(税なし)https://nanchosien.blog/verb/#verbpicture 

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