WISC(ウェクスラー知能検査)は、就学時健診や難聴児の認知・言語の評価などに用いられる検査です。「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」の4つの領域について、同年齢集団の中での相対的位置づけをIQ(合成得点)で算出したり、上記4領域中の各下位検査評価点等から子どもの得意な領域や苦手な領域を見出し、その後の支援や指導に活かします。
また、これらの4つの領域の中で、一般的に難聴児が苦手な領域が「言語理解」と「ワーキングメモリー」の言語系の2つの領域です。とくに「言語理解」は、書記日本語・学習言語や学力と関係するので、これらの領域に関係する内容について、とくに幼児期後期(WISC適用年齢は5歳以降)から小学校低学年の段階で子どもの支援・指導に活かすとよいです。
このような観点から、筆者(木島)は就学前の年長児にこの検査を実施し、子どもの得意領域や苦手領域を見出し、その後の指導につなげていくようにしています。では、WISCの中のどのような領域・項目が伸ばすことができ、どのような項目が伸ばしにくいのでしょうか?
今回は、ある聾学校幼稚部に在籍した同学年の子ども15名の、年長時に実施した検査結果と5年後の小学部5年生の時に実施したWISCⅣの検査結果(20××年と20××年)の比較から、支援・指導によってよく伸ばせる項目と伸ばしにくい項目について考えてみたいと思います。
WISCⅣ・年長時の結果と小5年時の結果の比較
4つの領域の平均IQの比較
まず15名の年長時の各領域の結果(青色棒グラフ)についてみてみると、全体平均IQは89.6でやや低め(IQ100が同年齢児平均値)。WISCの4つの領域のうち言語性の領域である言語理解とワーキングメモリーは平均IQ80台とやや低く、非言語性の知覚推理が96.9、処理速度が102.1でほぼ平均領域であることがわかります。言語性領域が低く、非言語性領域が高いという難聴児の一般的な特徴とも合致しています。
これに対して5年後に行った同一児の小5年時結果(緑色棒グラフ)では、全体IQは96.7で年長時に比べて+7.1の伸びがみられますが有意な差と言えるほどではありません。また、非言語性の知覚推理、処理速度にはほとんど変化はみられませんから、子どもがもともと持っている力を反映しやすい領域ともいえるでしょう。
しかし一方で、言語性検査のワーキングメモリ―では+4.8の伸びがみられます。ただしこの差も有意な差というほどではありません。大きな伸びがみられるのは言語理解です。+14.4の伸びで1%水準で有意な差がみられました。つまり、「言語理解」においては、5年間で大きく伸びたし伸ばせる領域と言えると思います(言語理解は学習や経験によって影響を受けると言われますが確かにそう言えそうです)。
言語理解・下位検査の中で伸びる項目と伸びない項目は?
では、言語理解を構成する5つの下位検査間では、その伸び方に差があるのでしょうか? 言語理解の下位検査である、①類似、②単語、③理解、④知識、⑤語の推理の結果を調べたのが上のグラフです。これはIQではなく評価点という数値で表します。評価点10が同年齢児の平均値で、評価点が1点違うとIQでは6くらいの違いに相当します。
年長時の言語理解・下位検査の特徴
年長時での下位検査(青色棒グラフ)の特徴をみると、最も評価点が高かったのは「類似」の評価点9.4で、この項目は、モノを比較してそれらのモノの共通概念を見出せる力や上位・下位概念の習得度、帰納推論の得意さなどに関連する項目です。この項目が比較的高いのは、乳幼児期から「ことば絵じてんづくり」や「ことばのネットワークづくり」を行ってきたことの好影響と考えられます。
次に高いのが「知識」の8.9で、これら二つの下位検査はほぼ平均的な値といえます(評価点9~11の範囲が同一年齢児のほぼ半数が入る範囲です)。残りの3つの下位検査である、「理解、語の推理、単語」はかなり低く、とくに単語は評価点6.3でIQでいうと75~77くらいの水準と言ってよいと思います。因みに「単語」は、ことばをことばで説明する力(物事の概念を言語によって説明したり定義づける)で、きこえない子の最も苦手な項目です。
小5年時の言語理解・下位検査の特徴
では、小5年時(緑色棒グラフ)はどうでしょうか? 伸びた項目はどんな項目でしょうか?
「語の推理」(なぞなぞ)は+0.2ですからほぼ変わらず。「類似」は+0.8でやや伸びてはいますが有意な差はありません。それに対して、「単語」は+3.2、「理解」は+2.4で、1%水準で有意な差があることがわかりました。つまり、「単語」と「理解」は、教育・支援によって伸ばすことができることがわかりました。因みに「理解」とは、社会的なルールに基づいて日常生活の中で起こる課題の解決ができる力をみている項目です。
しかし、伸びた項目がある一方で、逆に下がった項目もありました。それが「知識」です。これは一般的な知識の有無についてみる項目で、年長時は8.9で平均領域の下限であったのに対して、小5年時にはさらに7.6まで下がりました。IQにすれば7くらいで有意差はないのですが、他の項目がいずれも伸びているのに対して「知識」を伸ばすことの難しさを実感する結果となりました。また、「語の推理」(なぞなぞ)も伸びが見られませんでした。
言語理解の「知識」「語の推理」を伸ばすにはどうすればよいか?
「知識」という下位検査は、例えば「日本で一番高い山はどこですか?」といった誰もが知っているけれど、だれもあえて教えたことのないような、ターゲットを絞りにくい常識的な知識(世界知識)をみる検査です。また、「語の推理」はいわゆるなぞなぞで、例えば「丸くて投げたり蹴ったり転がしたりするものは?」といった、ターゲットとなる語についての具体例や説明語句からターゲットを言い当てる検査で、本質を見抜く推論能力や物事(ことば)についての知識(言語知識)がないと難しい検査です(「単語」は、ターゲットとなる語についての説明や定義づけが求められる検査なので、「語の推理」とは逆の関係)。
きこえる子ときこえない子の「世界知識」「言語知識」の差は、きこえる子であればいつの間にかどこかで「聞いて」身につけている一般的知識が、きこえない子たちは身についていないという、その差です。
例えば3歳の聴児であれば「犬、猫、牛、馬、うさぎ」などの個の名称(基礎語)を知っているだけでなく、それらをまとめた「動物」(上位概念)という言葉はどの子も知っていますが、きこえない子は、「動物」とか「乗物」と言った上位概念の言葉を知らない子が珍しくありません。このような幼い年齢の時から同年齢の子がもっている知識量より少ないのが難聴児の特徴です。私たちのもっている知識には、ふだん話題にすらならないことがたくさんあり、それはきこえていればいつかどこかで聞きかじっていたり、いつの間にかなんとなく知っていたということが多い知識です。そしてそれを知らないと、大人では「常識がない」などと言われてしまうことも少なくありません。例えば小学生なら「日本で一番高い山は?」とかは誰でも知っていますし、中高生なら「日本の総理大臣は?」「消費税は何パーセント?」なども常識的な知識のうちでしょう。
このようなWISCの「知識」「語の推理」の結果をみると「情報は自分から取りに行くもの」だということばが改めて思い出されます。また同時に、家庭の親御さんたちには何気ない情報こそ落ちまくるという自覚をもっていただくことも大事だと改めて思います。きこえない子が音声言語で喋っているとついつい私たちは「聴こえている」と錯覚してしまいますが、きこえない子・きこえにくい子は、「小耳にはさむ」とか「会話をききかじる」とか「~ながら聞き」といった耳から自然に知識を身につけること(「偶発的学習」)は不可能です。
結論的にいうと、「知識」「語の推理」を伸ばすためには、①子どもに、情報は自分から積極的に求めていくことが必要だという自覚を育てる、②家族の会話を含む音声情報・音声言語情報は、周囲が「見える化(可視化)」しなければ入らないことに留意し、情報保障に十分な配慮をすることが大切だと思います。本や文章を読み理解する力も人の話を理解する力も、語彙・文法力だけでなく、このような幅広い知識によって支えられていることを知っておきたいと思います。
【参考】知識や思考する力を伸ばす家庭での対応の工夫5選
1 | 子どもがいるときの会話には手話を付けるなど必ず情報を保障するようにしている。 |
2 | 家族、親類、知り合い、地域のできごとなどいつも知らせるように心がけている。 |
3 | テレビなどを見ている時、どんな内容なのか伝えたり、その内容について話し合ったりしている。 |
4 | 話題の中で新しい言い回しやことばを使ってモデルを示し、意図的に話しかけるよう心がけている。 |
5 | 子どもに何かたずねられてわからなかった時は、一緒に調べたり、調べ方を教えたりしている。 |