難聴学級児童に育てたい言語力・思考力~そのためのアセスメントの方法

発達の診断と評価
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難聴学級に入ってくる子どもたちの実態

聴覚障害のある子どもの就学先として、聾学校、普通小学校難聴学級・通常学級、聾学校以外の特別支援学校・学級があります。このうち、普通小学校の難聴学級・通常学級に通う場合(いわゆるインテグレーション)は、基本的な子どもの力として、通常学級での集団授業場面で、(一定の情報保障を受けつつも)主として聴覚・音声中心のコミュニケーション方法によって授業が理解できる、ということが前提になります。
しかし実態は、必ずしも授業を理解できるだけの言語力・思考力が十分に育って入学してくる子どもばかりとは限りません。聾学校に通うのがよいのでは?と思われる子でも、聾学校が遠距離であったり様々な家庭の事情によって地域の小学校に就学せざるを得ない場合もあります。

難聴児が地域の小学校に入学するにあたって、就学前に地域の教育委員会で就学相談を受けますが、その時に行われた諸検査の結果は、その子が入学する小学校にも送られてきます。しかし、それだけでは難聴児の指導計画作成に十分とは言えません。例えば、音声言語でコミュニケーションできなくとも、文字を読んで文を理解する力はあるかもしれません。極端に言えば手話を使えば理解する力はあるかもしれません。
 そこで、小学校での通常の授業をどの程度理解できる力があるのか、言語・コミュニケーション手段の面も含めて、言語面、認知面での児童の力を把握することがまず必要です。とはいっても難聴学級を任されて初めて難聴児に出会ったという先生は少なくありません。そのような特別支援教育初めてという先生でも、ちょっと勉強すればやれるアセスメントの方法について今回は紹介します(具体的な指導の方法については長くなるので今回は触れませんが、このHPに掲載している難聴学級での実践をぜひご覧ください)。

低学年児童の発達の特徴とは?~前操作期から具体的操作期へ

 幼児期はいろいろな意味で自分が中心の時期(自己中心性Piaget)です。自分の立場から見たことは理解できますが、他者の見方がまだよく理解できません。ことばを理解するときも自分の経験に基づいて考えますから、「リンゴってどんなもの?」とリンゴの一般的な意味を問う質問をしても、年少・年中さんたちの多くは、リンゴにまつわる自分の経験を思い出し「昨日、お昼に食べたよ」とか「ぼくはリンゴ嫌い」など自分の話になったりします。一般的・客観的にとらえたことば(りんご)について、まだ考えられないわけです。このような時期を抜け出して、モノ・コト・自分などについて、それらを対象化して一般的・客観的に質問の意味をとらえられるようになる(メタ認知・対象化」)のが幼児期の年長から小1の頃です。これを「脱中心化」の時期と言い、小学校での教科学習を進めていくためには必要な発達です。

  また、日本語で書かれている教科書を読んで理解するためには、ある程度の語彙文法力も必要です。助詞も動詞の活用も全くわからないのでは、教科書を読んでも理解することができないからです。以下、言語面と認知・思考面の二つに分けて、この両面を伸ばすために、まずこの時期に必要なアセスメントの仕方について説明します。特別支援教育に精通していなくても、少し事前に勉強すればやれる検査方法です。

言語面(語彙・文法・読解)をとらえる3つの検査

語彙力をみる検査~「絵画語彙発達検査」

検査の特徴

 この検査の特徴は、①検査に出てくる語が日常的に頻度多く使われる語が少ないこと(例「こぐ」「ほえる」「ゆげ」など難聴児の知らないことばが多い)、②上位概念名(例「果物」「動物」「乗物」など)がいくつか入っている(これも難聴児は苦手なことが多い)、③音読みの漢字熟語が多いこと(例「読書」「作業」「観客」など幼児期にはあまり使わない抽象度の高いことばが多い)が特徴です。
 使用される検査図版は全部で15枚ありますが、低学年難聴児童なら図版1~6あたりまでが使用できる図版でしょう(それ以上は誤答・無答が多くなる)。

評価の方法

 結果は「語彙年齢(VA)」と「評価点(SS)」で示されます。評価点は10が該当年齢の平均評価点、評価点1~5が「遅れている」、評価点6~8が「平均の下」、評価点12~14が「平均の上」、それ以上が「優れている」という評価になります。
 評価点が「遅れている」のレベルにある、上位概念語が半分以下の正答率などの場合は、語彙習得・拡充の指導が必要になります。この指導に関しては、本HP>実践の記録>「将来の夢はろう学校の先生」、「幼児の日本語習得~視覚教材を使って伸びた家庭指導事例」などをご覧ください。 

文法力をみる検査~「J.coss(日本語理解テスト)」

検査の特徴と評価の方法

  このテストでは、児童の日本語文法力(小4レベルまで)を知ることができます。検査は20の文法事項からなっており、それぞれの項目の中には4問ずつの問題合計80問が配置されています。
 各文法項目に配置された4問ともすべて正答の時、その項目は「通過」とみなします。通過の項目数によって到達度の水準がわかります。小1の児童であれば、第4水準(9~11項目通過)が児童の平均的な到達点です。
 また、小1児童が「教科書を自分で読んで理解できる文法力」の下限は、第3水準(通過項目数7~8項目)で、このレベルに到達していれば、小1の教科書を読んで文法的に理解できる力は身についていると考えてよいでしょう。しかし、通過項目数がそこまで達していないのであれば、通過していない項目の回答内容を検討し、難聴学級に在籍している児童であれば、自立活動等の中でそれらの文法項目について取り出して指導する必要があるでしょう(通常学級のみ在籍の場合は、こうした指導をどこでやるのか別に検討が必要です)。

問題1~3「名詞」「形容詞」「動詞」に通過できていない項目がある場合・・・

 基本的な語彙の習得度に課題があると考えられますので、絵画語彙検査の結果なども併せて検討し、語彙の指導計画を立てる必要があるでしょう。(例)「ことばのネットワークづくり」など

問題5「否定文」が通過できていない場合・・・

 動詞の活用に課題があると考えられます。動詞をみる検査(「動詞テスト」)を実施し、このテストで80点以下なら動詞の意図的・計画的な指導が必要になります。

問題7「置換可能文」、問題19の「格助詞」が通過できていない場合・・・

 助詞「が、を」の理解ができていないと考えられます。その他の助詞「に、で、と」なども含めて課題があると予想されますので、「助詞テスト」(『きこえない子のための新・日本語チャレンジ所収「レディネステスト」)を行い、80点以下なら助詞の系統的な指導が必要です。80点以上なら助詞の使い方はだいたい出来ているので、その都度(例えば日記指導等で)、助詞の誤りについて指導すれば、ほぼ間違えることはなくなります。
 

読解力をみる検査~「質問応答関係検査・文章の聴理解」

 これは、後述する「質問応答関係検査」の項目10「文章の理解」を使用します。問題文を読み聞かせ(聴覚的受信)、聴覚・音声による受信がどの程度可能か、聞き取った文の内容をどの程度記憶し、問いに応えられるかをみます。
 回答の正答率が8割をきるようなら、自分で問題文を読めば正答できるかどうかを調べる必要があるので、同様の別問題を作成します(同じ問題を使うと次回の検査で使用できなくなるため)。
 そうして準備した問題を使い、自分で問題文を一度読ませ(視覚的に受信・理解)、問題文を読み終わったところで、文章内容についての問題を提示して答えさせ、文章の読解力の有無について検討します。このような方法でも正答率が低いままであれば、コミュニケーション手段の問題ではなく、文を読み理解する力そのものがまだ十分でないことになりますので、語彙力や文法力の結果も併せて検討し、指導計画を立てることになります。

認知面・言語的思考面をとらえる検査

質問ー応答関係検査

 

 この検査は、WISCの「言語理解」の内容に代わるものとして、使い勝手の良い検査です。使用に関して”資格”云々もありません。検査図版・検査用紙等込みで2,090円と安価。エスコアール発行

検査項目

 検査は全項目をみる「正式版」と各項目から抜粋した項目をみる「簡易版」があり、検査時間が少ない場合は「簡易版」を用いることも可能です。正式版の検査項目は以下のようになります。

日常的質問

 このやりとりの中で生活言語(日常会話)レベルのことばの力をみることができます。
また、コミュニケーション・モードも調べることができます。対面で音声でのこの質問応答が難しければ、通常学級での授業はさらに難しいと予想されます。

なぞなぞ

 この項目以降の問題で、ことばを使って思考できる力をみることができます。とくに比喩を伴う「なぞなぞ」はことばの意味の奥にあることばの意味が理解できなければ答えることが難しいので、物の概念を理解しイメージ豊かに考える力がないと難しいです。(例「頭から水を飲み、口からお湯を出すものは?」など)

仮定

 「もし、~なら ~だ、~かもしれない」という思考ができるかどうかをみます。現実からちょっと離れて、推論したり想像や架空の世界をイメージする力があるかどうかわかります。

類概念

 上位概念―下位概念といったカテゴリー構造を持った語彙の集まりが頭の中にあるかどうか(「心的辞書」「語彙辞書」)がわかります。難聴児の弱いところです。WISCⅣ「言語理解」の中の「類似」は、個別のものの名前を複数出して(例えば「りんごとバナナ」)、それらのものの共通概念やそれらのものの上位概念を問いますが、この「類概念」の問題では、上位概念名からその上位概念に属するもの(下位概念)を考えさせています。こちらの質問のほうが上位概念名がわかっている分、問題としては易しいでしょう。

語義説明

 ことばをことばで説明する力をみることができます。自分自身のことから一歩離れて、「ことば」そのものを取り出して、そのことばについて考え、意味・概念を説明する力の有無がわかります。WISCⅣにも「単語」の問題がありますが、この質問と同様の問題です。難聴児にとっては苦手な問題です。説明されるターゲットのものがどんなものなのかわかっても、それを的確にことばで説明する力が不足している子どもが多いです。

理由

 日々の生活の中でのさまざまな出来事について、なぜ、そうなるのか、そうするのかといった理由を他者に説明できる力をみることができます。因果関係の理解ができているかということであり、日々の会話や学習場面などで、「~だから~です」「~です。そのわけは~」などの言い方を含めて練習するのもよいでしょう。

説明

 日常生活の中の一場面(例えば「朝、起きてからやることを説明してください」)で、その動作・行動の一連の流れ(「スクリプト」)を説明できるかどうかをみます。頭の中で場面をイメージして順番通り説明できる力です。こうした問題が苦手な場合は、「はじめに、次に、それから、最後に」といったことばを使って説明できる力をつけるとよいでしょう。

系列絵

4枚の絵カードをみて、順序通りに並べます。前問の「説明」では絵がありませんでしたが、これは絵を手掛かりに生起する順にならべます。対応としては前問と同様です。 

物語説明

 (子どもがよく知っている日本昔話等のなかから、話を再生させます。検査では「桃太郎」が使用されてます。話を何度かきいて記憶していなければ回答できません。通常、日本の子どもたちは、どこかでこの昔話をきいているので、常識的な知識(「世界知識」)をみているとも言えます。

文章の聴理解(省略)→前節「読解力をみる検査」参照

 以上のような観点から回答を評価し、それぞれの項目について、聴児と比べてどのレベルにいるのかが大まかにわかります。小学1年生なら各項目とも5,6歳代以上に到達していることが望ましいですが、そこまで到達ていないようなら、苦手な力をつけることもあわせて指導計画に含めていくことが必要でしょう。

太田ステージ

ピアジェの認知発達理論をベースにした発達理論で、大きく5つのStageに発達段階を分け、さらにその中がいくつかに段階分けされています。

 難聴学級児童では、①まず「前操作期」(Piaget)にあたるステージⅢ―2後期(3,4歳頃)を越えて、ステージⅣ前期(4,5歳頃)の課題である「空間関係」の理解が出来ているかをみます。この位置・空間関係の言い方には、「上・下・中、前・後ろ、横、すみ、かど、そば、近く・・」等々沢山ありますが、こうした位置・空間関係表現が習得されていないことが難聴児にはしばしばみられるので、習得されていない場合は、指導計画の中に含めて考える必要があります。

 ②次に、ステージⅣ後期(7歳頃)の「数の保存」と「包含関係」が理解できているかも大切な観点です。このステージⅣ後期の課題がクリア出来ているということは、認知発達段階としては、見かけに惑わされないで客観的にものごとを思考できる「脱中心化」の段階(「具体的操作期」Piaget)に入っていると考えることができますが、クリアできていない場合は、まだ児童は自分から見える世界がすべてであり、ものごとを他者の視点や客観的な視点で見ることが出来ていないということなので、日々の教育活動の中で「他にはどんな考え方があるか?」「他者はどう考えているだろうか?」といった他者視点、客観的視点について思考を促すように関わっていきます。

まとめと参考になる実践・書籍

 難聴学級での最初のアセスメントとして4つの検査を紹介しました。この中で最初の3つ(①「絵画語彙発達検査」、②「Jcoss」(日本語理解テスト)、③「質問応答関係検査」)は、自立活動等での言語指導の内容に直接かかわってくるものなので、ぜひ実施してみて下さい(ただ、ひとことつけ加えるなら、①「絵画語彙発達検査」は26,400円と高価です。とても予算的に無理、ということであればすぐに実施しなくてかまいません。そのうち予算要望をして購入してもらいましょう。ただ、その場合でも、自分で絵カード等の教材を作り、「野菜・果物・飲み物・乗物・動物・魚・鳥」などの上位ー下位概念がどの程度習得されているかはぜひ確認してみてください)。
 そして、こうした検査からわかった課題にどう対応するかを考えて指導計画を作成してください。そのときに参考になる実践・教材を以下に記しておきますので参考にしてみてください。
 また、直接、筆者(木島)への質問は、トップページの「相談・お問い合わせ」から可能です。また、下記のメールアドレスに直接いただいてもかまいません。
 きこえない子たちの課題は大きく分けて二つ。①書記日本語力・抽象的思考力(認知・言語面)を伸ばす。②障害認識(肯定的な自己認識)・コミュニケーション力(非認知面)を育てる。この二つのうち、まず前者についてしっかりと力をつけていきたいものです。

★難聴児支援教材研究会事務局・木島 mailto:nanchosien@yahoo.co.jp

☆「将来の夢はろう学校の先生~重度難聴S子との3年半の記録」https://nanchosien.blog/practice-deaf-class/#educatinal-practice1

☆「幼児の日本語指導~視覚教材を使って伸びた家庭指導事例」https://nanchosien.blog/early-childhood-japanese-edycation1/#viewing-material1

★今回、述べてきた諸検査を実施してみて、ほぼどの検査も8割程度はクリアできている場合、その子に合った情報保障さえすれば通常学級での集団授業に適応できる力はあると思われます。
 ただ、念のため、右の検査を使って今回述べてきたこと以外に課題はないかどこかの時点でもう一度探ってみるとよいと思います。
『言語・コミュニケーション発達スケール』(LCSA) 6820円 学苑社発行

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