心が育つ家庭での関わりとは?~早瀬憲太郎さんの場合

当事者・本人(メッセージ・体験談・作文)
この記事は約9分で読めます。
名称未設定のデザイン – 1

きこえない子どもたちは他者の心を想像することが苦手と言われます。「心の理論」をみる検査を使って調べると、確かにそのような傾向がみられます。他者の心を想像する力が弱いと人間関係においても「空気が読めない」とか「相手への配慮が足りない」などトラブルも生じやすくなります。
 しかしデフファミリーにおいてはそうではないという海外の研究結果もあり、「心の理論」を研究している東山薫(2021)は、①「親と子が同じ手話という言語を用いている場合は、コミュニケーションも円滑で、言語の意味や構文、他者の心への注意に関する働きかけも円滑に行われ、子どもがそれを知識として取り入れやすいため、心の理論の発達に関しても定型発達児の場合と同じであると考えられる・・」と述べています。
 また別の研究結果から、②「子どもの経験や知識、考え方を考慮した、子どもにとってわかりやすい母親の説明が、子どもの心の理論課題の成績の高さと関連をもつことが示された」とも述べています。
 
 一概にデフファミリーと言っても実態はさまざまですが、「ロールモデル」と言えるような聾者に出会うと、「なるほどこういうことか!」と思うことがあります。自ら自転車競技の選手であり映画監督であり、聾学校では子どもたちに読み聞かせをしてくれる先生でもある早瀬憲太郎さんなどはまさにその一人です。ただ、憲太郎さんのお母さんのご両親が聾者で、憲太郎さんの家に同居しておられた3世代家族ですからデフファミリーではありません。その早瀬さんが、幼いころ自分がどう育ったか、エピソードを語ってくれたことがあります。その話の中から上記①②の「心の育ち」を促すかかわり方が、お母さんによってごく自然に行われていた様子がうかがわれます。以下に紹介したいと思います。

どのような家庭で育ったか

 早瀬憲太郎さんは幼い頃、聴者のご両親と妹さん、ろう者の母方祖父母と同居していました。1階には憲太郎さんの家族、2階には祖父母が住んでいたそうです。憲太郎さんは、当時在籍していた奈良ろう学校で、キュードスピーチ(*)による教育を受けていたため、家庭でも、基本的にお母さんはキュード、お父さんは口話、妹さんは時々キュードも使いながら憲太郎さんとコミュニケーションをとっていたそうです。そして、憲太郎さんが2階に上がると、そこには日本手話で会話をする聾の祖父母がいて、憲太郎さんは祖父母の会話に触れながら、日本手話も獲得してきたそうです。
(*)キュードスピーチ:5つの母音を口形で表し、子音を手の形で表し、この二つの組み合わせで日本語の音韻を視覚的にわかるように示すコミュニケーション方法。学校によってサインは必ずしも同じではなく、指文字が全国共通であるのとは異なる。口話を補完するものとして京都聾学校で開発されたのが最初で、奈良ろう学校は京都聾学校をモデルにしたと言われている。現在は奈良ろうではキュードは使っておらず乳幼児期より手話を使用している。

 憲太郎さんのお母さんは、ご両親がろう者の元に生まれた聴者(Children oDeaf Adults:Coda コーダ)です。お母さんは、ご両親と日本手話で会話しながら育ってきているので、手話が堪能です。そして、お母さんはきこえない人の立場をよく理解しているので、憲太郎さんが幼い頃から「見える会話」を心がけていたそうです。例えば電話をしている時に、憲太郎さんが見ているな、電話の内容を気にしているなと思ったら、必ず手話をつけて話してくれていたそうです。いたずらっ子だった憲太郎さんが学校で悪いことをし、学校の先生から電話が来るのではないかと電話を気にしていると、案の定、先生からの電話。心配して見ていると、お母さんはすかさず手話をつけて、会話の内容をわかるようにしてくれたそうです。それを見て、「やっぱりあの話だ、やばい!」と思って小さくなっていた。そんな楽しいエピソードを話してくれたことがありました。お母さんは、きこえる子であれば、電話の話を聞こうと思えば聞くことができ、知らず知らずのうちに音声で膨大な情報が入ってくる。しかし聴覚障害があるとそれが難しい。そこで可能な限り手話をつけ、聴者の環境と同様な環境を作ろうと努力されていたことがわかります(*)。きこえる人ときこえない人の立場をよくわかっているお母さんだからこそ、こうした配慮ができたのでしょう。
(*)聴児は会話の中などで自然に単語や文法、語用、知識などを学習する。これを偶発的学習と呼び、きこえる子は、耳からの情報を通して日々このような学習を頻繁にしているが、聴覚障害児はたとえ軽中度・人工内耳装用であってもこの点で限界があり、そのことが日本語習得の難しさや他者の心の想像などに影響していると考えられる。

 それから、憲太郎さんは次のようなエピソードを語ってくれました。幼い頃、花が枯れているのを見て、お母さんは「お花が寂しそう。」、お花が元気に咲いていると「お花が嬉しそう。笑ってる」そんなふうに話していたというのです(*)。そんなお母さんの話を憲太郎さんは見て(聞いて)いたそうです。普通は「お花が枯れちゃった。」「お花がきれい!」…そんなふうに話すことが多いかと思いますが、憲太郎さんのお母さんは、幼児の心をよく理解しており、このような語り掛けをしておられたようです。お母さんのセンス、感性が、自然とそのような語りかけにあらわれているのでしょう。憲太郎さんは、こうしたお母さんの語りかけを紹介しながら、「枯れた」「きれいだね」以外にもこうした表現があること、こうした語りかけの工夫が、子どもの豊かな言語環境になり、子どもの言語センスや心を育て、言語力や心の成長につながっていくことを話してくれました。

(*)幼児期の特徴の一つに、モノにも心が宿っているとみなす心理があり、これを「アニミズム」と呼んでいる。この幼児の心理に着目して「ほらほら、ニンジンさんが食べてほしいって泣いてるよ。」「お花さんが暑いからもっとお水ちょうだいって言っているよ」など躾等にも活用されている。

「きもち」を言語化し、互いに伝え合うことの大切さ

 きこえない・きこえにくい子ども達にとって、安心して会話に参加できたり、情報を豊かにとったりするためには、音声言語だけのコミュニケーションでなく、手話を使ったコミュニケーションが大切です。発達の早い時期から視覚的に確実にお互いに伝えあえる言語だからです。  
 手話からスタートして手話で語りかける習慣がついてきたら、今度はこうした語りかけの内容を吟味していきたいものです。もちろん、聴覚活用ができ、音声言語中心になってきている子どもにとっても、その語りかけの内容次第で、子どもに与えられる言語環境は広がりを見せます。例えば、憲太郎さんのお母さんが「寂しそう」「嬉しそう」とお花の様子に合わせて使っていた気持ちを表すことばは、「寂しい」「嬉しい」といった気持ちを表すことばの概念がきちんと理解されていることが大切です。そうでないと、気持ちを表すことばを花に使ったとしても、花の状態に合わせて理解することができないと思います。ですから、普段から子ども自身が「嬉しい」「楽しい」「おもしろい」「寂しい」「悲しい」「がっかり」「しょんぼり」「悔しい」「こわい」・・・と感じているであろう場面で、大人が子どもの気持ちを代弁して、身振り・表情などと共にことばを添えてあげることがまず必要です。子どもがおもちゃを友達に取られて泣いていたら、「悲しいね。」「とられて悔しいね。」と、プレゼントを貰ったら「嬉しいね。」、追いかけっこをして笑っている子どもに「楽しいね。」、おどけている友達を見て「おもしろいね。」というように、似たようなことばでも、その場、その状況、その気持ちに合わせてニュアンスの違いをつかめるように、まずは大人が子どもの気持ちを代弁して、ピタッと合ったことばをあてはめて伝えていきたいものです。

 そして、もう一つ大切にしていきたいのは、大人が自分自身の思いや行動をことばにして伝えることです。例えば、絵本を子どもに読み聞かせ終わったときなどは体験を共有しているのでお母さん自身が感じていることも伝えやすいですが、直接、子どもが体験していないこと、例えば、お母さんが自分でテレビを見ていて面白いと思った。でも、そばにいる子どもにはわからないと思ったとき、自分だけ笑っているだけではなく、テレビの面白かった内容を伝えながら「○○が ~したのがおもしろかった」などと伝えるのも大事です。もちろん、子どもにその面白さを解説しても本当の面白さは伝わらないでしょう。でも、「お母さんは、そういうことを面白がるんだ」ということは伝わります。そこがまず大切なことです。あるいは、宝くじを買ったけどハズれた時なら、「宝くじに当たるか楽しみにしていたんだけれどもハズれちゃった。悔しいなあ。がっかりだわ。また、冬に買おう!今度こそ当たるといいなあ。」というように、子どもには関係ないと思わずに、どんなことでもことばにして伝えることが大事です。大人の感じたこと、気持ちをその背景と合わせて伝えることで、言語環境は一気に豊かになります。
 さらにまた、お母さんが具合いの悪い時にも、「ママ今日は頭が痛くてつらいの。学校に行きたいんだけれども、動けないんだよね。○○ちゃんは、学校に行きたかったね。でも、ママは病気だから、今日は残念だけれども学校はお休みするね。ごめんね」と、どうして行かれなくなったのか、きちんと説明する習慣が豊かな言語環境を作ります。「今、洗濯物を干しているよ。洗濯が終わったら、お掃除をするよ。お掃除が終わったらお茶碗を洗うよ。全部お仕事が終わったら、一緒に遊ぼうね。ママね、今日はとっても忙しいの」と、『忙しい』ということばの概念をつかませるために、どういうことが忙しいことなのか説明が必要です。こうした日々の具体的な場面の中でリアルタイムに語りかけることで、子どもに「忙しい」とはどういうことなのかという概念が伝わると思います。あるいは、「パパ、今日飲み会だって。会社の人たちとお酒飲んでくるらしいよ。だから早く帰れないんだって。夕ご飯は一緒に食べられないから、ママと二人で食べようね。パパ、酔っ払って帰ってくるかなあ? 赤いお顔で、お酒臭いかもしれないね。」と語ることで、仕事に行ったという情報だけが入っている子どもにとって、お父さんが寄り道をして帰ってくることや、お酒を飲むってどういうことか…といったことの意味が伝えられていきます。このように、お母さんが感じている事だけではなく、お母さんが今している事、予定、し終わったこと、家族のことなど含めて何でも話題にして伝えるようにしていくことが大事です。それが子どもの物事の概念・意味を広げ、他者のこと、他者の心への関心がもてるようになっていくことにつながっていきます。

 子どもが見ているモノやこと、感じているであろう気持ちの言語化の大切さから始まり、さらにグレードアップした語りかけは、お母さん自身、さらにお父さんをはじめ周りの人たちの思いや行動について語ることです。このことは、おしゃべり好きな人には意識すればできるようになるのですが、元々無口な方には、その習慣化は慣れていないので難しいものです。しかし、子ども達に育てていきたいもの・コトの概念は、発達早期においては手話でどれだけ豊かに会話ができているか、情報や概念が豊かに入っていくかがベースになり、それを元に次は、文字や指文字、音声などを使って日本語につなげていくことです。子どもが身につける日本語が豊かになるためには、ここで述べてきたような身近な大人の語りかけがとても大きいことを再度確認しながら、日々の生活の中でさらに日本語の習得にもつなげていただきたいと思います。「子どもが見て、聴いていたかな、伝わったかな。」を確認しながら、丁寧に伝えてほしいと思います。 

タイトルとURLをコピーしました