はじめに
都立の某聾学校乳幼児相談では、2003年より数年間、当時拡がりつつあった新生児聴覚スクリーニングに対応して「0歳児家庭訪問支援プロジェクト」を行っていました。「行っていました」と過去形で語るのは、学校長の交替による学校運営方針の変更により、このプロジェクトは縮小→廃止されました。
プロジェクト終了から20年経った今、そのニーズはなくなったのでしょうか? 現在、20年前と比較して両親就労の家庭は増えており、子どもが1歳になったかならないかの頃には職場に復帰し、子どもは保育園に託される、という現実があり、そうした実態を考えると、たとえ支援の期間が数か月であったとしても、新生児聴覚スクリーニング(以下新スク)で「リファー」を告げられた時期より、あるいは確定診断時前後からの超早期からの支援が必要と思われます。とくに、赤ちゃんを抱えて療育・教育機関に通うことに困難を伴うこの時期は、家庭訪問支援が不可欠と言えるのではないでしょうか。 以下、その必要性について、20年後の今、当時の実践記録を追う中で改めて考えてみたいと思います(*)。
(*)厚生労働科学研究・子ども家庭総合研究事業~『家庭訪問支援の実践』,「新生児聴覚スクリーニングの効率的実施及び早期支援とその評価に関する研究報告書」,2005
「0歳児家庭訪問支援プロジェク」のきっかけ
まず、P校(としておきます)内の一組織であった「きこえとことば相談支援センター」が家庭訪問支援を始めるきっかけのひとつとなった、ある新生児科医からの依頼のメールと、別件保護者からの相談メールを紹介します。
| ①「超低出生体重児の四つ子のうち三人が難聴でした。四人をつれて聾学校や療育機関に通うのはとても大変で、家庭訪問による支援を教育委員会と聾学校にお願いしていましたが、「前例なし」とのことで実現しませんでした。上に述べたような家族の事情がある場合、家庭訪問による支援というシステムは必要と思われます」(新生児科医) |
| ②「・・家の近くには通えるような聾学校も療育機関もなく、主人は単身赴任でそばにいない上、幼稚園に通う娘と重い糖尿病を患っている父がいて、車の運転ができない母のことなどを考えると八方ふさがりの状態で、訪問による支援を受けられないものかと悩んでいます。・・」(ある保護者からの相談メール) |
当時、新スクは全国の分娩機関の4割近くで行われるようになっていました(現在は8割以上と言われています)。それにつれて早期支援機関の相談ケースも増加の一途をたどっており、0歳児という最早期の支援においては、来談・通園という親子に負担の大きい相談形態よりも、専門スタッフが家庭に出向く訪問支援という形態が重視される必要があると思われました。 訪問支援自体は特段新しい支援形態ではありませんでしたが、聾学校は「学校教育」の範疇という制度的な限界があり、ほとんど行われていませんでした。
しかし、特殊教育から特別支援教育へ移行する中で、地域に住む聴覚障害児・者に対して、「個々のニーズに応じて」さまざまな支援を行うことが求められるようになり、「来談・通園・通学」という形態だけでなく、関係機関や家庭に、こちらから「訪問」して必要な支援を行うという形態もあり得ると考えるようになっていました。
学校から家庭へ―「特別な場」から「暮らしの場」へ―
家庭訪問支援を重視すべき理由のもう一つは、0歳の乳幼児にとっては、その生活の場は家庭であり、親子・家族との関わりが人間関係の主たる部分を占めているということです。家庭での「今、ここ」という実際の場面で、支援者がコミュニケーションのモデルを示したり、支援者と親・子が家庭にあるおもちゃを使ってあそんだりすることを通して、子どもと家族とが効果的で楽しい関わり方を学ぶ。そのためには、「学校」という「特別な場」よりも「家庭」という「暮らしの場」に即した場面のほうが効果的であることが多いと思います。
また、それぞれの家庭にはそれぞれの家庭のもつ生活のペースやリズムがあり、それぞれの生活スタイルを尊重した無理のない方法で支援が進められる利点もあります。これまで聴覚障害児教育とりわけ就学前教育においては、わが子の障害発見と同時に母親が仕事をやめ育児に専念することが求められることが多かったのですが、働く女性を支えるという観点からも、また、父親がわが子の育児・教育に積極的に関与できるという点からも、週末に行う「家庭訪問」や来談による「土曜相談」などを今後さらに充実発展させていく必要があると考えたわけです。
家庭訪問支援の内容
心理的ケア
訪問支援での相談内容は多岐にわたります。まず、相談の初期に求められるのは、リファーにおける障害の可能性の伝達や障害の告知によってショックを受け、自信をなくしている保護者、とりわけ母親を心理的に支えることが重要です。リファーの伝達によって受けるショックの大きさは個人によって異なり、「母乳が止まる」「髪の毛が抜ける」「わが子を抱けなくなる」「外出できなくなる」などストレス性の反応と思われるケースも少なくありません。そうした場合の対応の仕方などを含めて精神科医、小児科医、臨床心理士など専門家の関与が欠かせません。
子育て支援
都市化や核家族化の影響によって、とくに都心でのマンション住まいの場合、血縁関係や近隣関係も少なく育児に関わる周囲の人間関係が十分にないことが多いです。またゆったりとした自然環境も少なく、そのために母と子だけの「密室の育児」になりやすく、産後の抑うつの多発、育児ノイローゼによる幼児虐待なども少なくないといわれています。 障害の有無に関わらず子育てそのものが難しい時代を迎えている上に、さらにリファーによる「障害可能性」という新たなストレス要因も加わって、子育てそのものが危機的な状況に陥っているケースもあります。そのようなケースの場合、地域の保健所の保健師さんなどとの連携が重要ですが、せっかく新生児訪問や3、4ヶ月健診で親が不安を訴えても保健師さんに専門的な知識がないため、結果的になんの支援もなされなかったケースも少なくありません。こうしたケースをできるだけ少なくするために普段からの保健所との連携や新スクについての理解啓発活動も一方で重要と思われます。(因みにこれについては、都立の聾学校乳幼児相談では、年1~2回の保健師さん対象の研修会を実施しており、これは現在も継続実施されている)
情報提供
最近の保護者は自らインターネット経由で情報を求めることが多いですが、インターネットで提供される情報の量は膨大であり、その質はさまざまです。とくに聴覚障害やその教育については考え方・指導法も多様であり、そのためによりいっそう混乱してしまう場合も少なくありません。「不安に駆られるままにパソコンにかじりつき、その間、わが子をほったらかしにしていた」と語った保護者もおられます。そのような状況を踏まえて、保護者が心理的に少し落ち着いてきた段階で、さまざまな情報提供をしたり、保護者が得た情報についてその真偽を含めて公正中立な視点から話し合うことも大切です。
コミュニケーション支援
母親はいきいきと安定している時、乳幼児の気分にうまく波長を合わせて響きあった反応をすることができ、逆に乳児は母親のその動きに合わせていきいきと活動することができることはよく知られています(情動調律など)。
また、乳児のコミュニケーションは、あらゆる感覚器官の違いを超えてどの知覚でとらえたものもその刺激の強さや流れによってその本質を見抜くとも言われています(「無様式知覚」)。
したがって、この時期はあらゆる感覚をフルに使って楽しくコミュニケーションが行われることが大切で、初期の母子コミュニケーションは、情動的・感覚的かつ全体的未分化ではあっても、母子の愛着関係を培う上で重要な時期と言えます。
しかし、リファーを告げられるショックによって、本来の母子関係にそなわっているはずのいきいきとした自然なやりとりが十分にできなくなっているケースが多いのも事実です。乳児期のコミュニケーションは決して耳と声だけで行われているのではなく、からだ全体の感覚を使ってトータルに行われることの大切さを伝え、本来の母子コミュニケーション関係をとりもどす支援が何よりも重要な時期と思われます。
子どもの聴力評価と支援
かつて乳幼児の療育・教育機関では確定診断後から始まる支援がほとんどでした。従って子どもの聴力評価は補聴器装用のための評価が中心でした。 しかし、リファー後からの最早期からの支援の必要性が高まっており、確定診断の時期が遅くなればそれだけ保護者の不安も引き伸ばされます。リファーという「灰色」の時期を短くし、確定診断がなるべく早くなされるためには適切な聴力評価がなされなければなりません。したがって、この段階における聴力評価は、確定診断のための資料となり得る聴力評価(BOA:聴性行動反応聴力検査)であり、支援機関の新たな役割のひとつになるものと思われました。
さらに、確定診断後、補聴器装用や1歳以降の人工内耳装用のための聴力評価の資料を得ること、補聴器装用後、補聴器のフィッティングが適切であるかどうかの資料として、さらには家庭でのさまざまな環境音の特性や子どもの反応などについて知り、親子での楽しい「音の楽しみ方」を支援することなども必要と思われました。
家庭訪問支援のスタッフについて
専門スタッフとボランティアスタッフ
当時、0~1歳児の家庭に訪問支援を行っていたのは、聾学校乳相担当3名と6名のボランティアスタッフでした。ボランティアスタッフは、難聴乳幼児指導を20年行ってきたベテランスタッフ2名(うち1名は言語聴覚士)、難聴児を育てた親2名、手話インストラクター1名、成人聴覚障害者1名という陣容。ほかに研修スタッフが数名と耳鼻科医、臨床心理士がスーパーバイザーとして加わっていました。
スタッフの研修
ボランティアスタッフの研修は年間を通じて行い、ある年度は以下のような研修プログラムとケース・カンファレンスなどがもたれていました。
| 家庭訪問支援スタッフ研修(担当) 第1回(5月)「聴覚障害教育はどう変わる?」 (聾学校教員) 第2回(6月)「今、なぜ‘あそび’なのか?」 (同上) 第3回(7月)「聴覚障害児・者から学んだこと」(保護者) 第4回(8月)「聞こえない子の学力と人間形成」(大学教員) 第5回(9月)「新生児聴覚スクリーニング」(耳鼻科医) 第6回(10月)「早期支援におけるコミュニケーション・言語指導」(教員・言語聴覚士) 第7回(11月)「人工内耳について」(耳鼻科医・言語聴覚士) 第8回(12月)「相談・支援をどう進めるかⅠ」(臨床心理士) 第9回(1月)「相談・支援をどう進めるかⅡ」(言語聴覚士・専門スタッフ) 第10回(2月)「インテグレーション再考」(保護者・専門スタッフ) 第11回(3月)「聞こえない世界に生きる」(当事者) |
リファー段階への支援が求められるようになってくると、聴覚障害の領域だけに精通しているだけは十分ではなく、心理カウンセリング領域、保育・母子保健領域などの広い専門性が支援者に求められるようになるため、他領域の専門家との連携と共に、スタッフの支援力量向上のための研修もますます必要になります。そのため、上記のような研修がほとんど「手弁当」で実施されていました。
家庭訪問支援事例
ここでは、ある年度の家庭訪問0~1歳児10名の中から、1事例を報告したいと思います。
事例A児~生後2ヶ月より支援の事例
A児について
・1歳2ヶ月 ・家族構成 父、母、A児 ・聴力レベル 右90~100dB 左80~90dB
・居住環境・・・住居は下町で昔ながらの小売店が並び、緑豊かな落ち着いた街中にあるマンションの1階。近隣の人は気さくにあいさつを交し合う。A児を連れて外出すると、皆、声をかけてくれ、中には抱き上げて頬ずりする人もいるとのこと。
相談経過
生後1か月
里帰り出産での産院で「リファー」を伝えられた。実家では祖父母もショックを受け、母親も育児意欲をなくしていたが、母親の姉がインターネットで情報収集してくれ、それが支えであった。
生後2か月
C医大にてABR 検査。「100dBで脳波の変動なし」。聴覚障害についての説明がされ、東京に帰ることを勧められた。
生後3か月
帰京。保健師の訪問および多くの情報提供有り。C医大病院よりD大学病院を紹介され、D大病院初診。
生後4か月
本校(P聾学校)相談開始。D大病院でOAE実施。2回実施いずれもパス。「後迷路性難聴の疑いあり、人工内耳不適応」といわれる。P校手話学習会参加。補聴器装用開始
家庭訪問支援1回目(乳相担当Q・ST)
A児は、ロッキングに乗り、ゆらされるとニコニコしている。あやすとよく笑う。働きかける大人をしっかりと見る。母親の工夫で様々な形をした紙風船、ちょうちんなどが室内につるされており、それらが風に揺れる様子をA児がよく見ている。
母親は、「おむつ替えやあやす時に、どのような手話やベビーサインを使えばよいか。また、自分で使っているサインについて、これでよいのか?」と質問。また、リファー時、A児に愛着が全くわかなかったこと、里帰り出産で祖父母が立ち直るのにも時間がかかったこと、姉が自分をよく支えてくれ、ありとあらゆる情報を集めてくれたこと、自分を責め、追いつめたこと、確定診断機関の医師の対応などについてありのまま語る。
支援者Qは、母親の視覚的に楽しめる遊具の工夫をほめ、手話やベビーサインの使い方、音声語の提示の仕方を伝え、母親が新スクから支援に至るまでについて語ってくれる話にひたすら耳を傾けた。今後の教育について次々と質問が出され、今ようやく前向きに我が子に向かい合おうというところまで来たことが伺われた。
家庭訪問支援2回目(乳相担当R・教員)
訪問すると、A児は眠いのを我慢して起きて愛嬌を振りまく。大きな良い声を出す。支援者の腕の中で寝てしまうが、目覚めは良好、オムツ替えのあと授乳する。
母は「補聴器をつけて1週間だがこれといった反応がみられず不安」。両祖父母の話や父親のA児への関わり方について話し、「自分は恵まれている。最近、やっと赤ちゃんをかわいいと思うようになった」と話す。また、「同じ乳相に通っているEちゃんの家に集まったとき、先輩ママの明るさ、たくましさに驚いたが、自分も見習いたい。自分はまだ聴力について一喜一憂している」と言う。
母親は話したいことがたくさんあり、2時間の訪問時間中、会話が途切れることがなかった。きこえない子を育てた経験をもつ支援者の子育てについて質問があり、育てた経緯や子育てで大切なことについて話した。
生後5か月
家庭訪問支援3回目(乳相担当R・教員)
A児はご機嫌で大きな声で愛嬌を振りまく。A児の声に応じるとA児も「アーアー」と声を出す。途中眠気がさしてきたが眠れず、ぐずる。そのうち寝入ると15分くらいで起きる。「いないいないバー」をキャッキャッと喜ぶ。
母親は、将来のこと、補聴器のこと、子育てのことなど次つぎと質問。「家に来てもらうと安心できる。ゆったりとした気分で日頃疑問に思っていることや質問したいことが次々と出てくる。今日は色々話をきいてもらってよかった。」と語る。
また、質問事項を書き出して訪問を待っていて、普段よく子どもを観察している様子が伺えた。子どもの喜ぶおもちゃも手製で工夫している。支援者からは、子どもの発信に敏感に反応すること、子どもが声を出したら必ず同じように発声して応えることなどをモデルとして示す。
生後6か月
家庭訪問支援4回目(乳相担当Q・ST)
ちょうど母方の祖母が手伝いに来ていて一緒に話す。新スクのショックや祖母から見た母についての心配、祖母の考える遊びの工夫などについて話してくれる。
母は「補聴器をつけたとたんに声がたくさん出る」と言う。支援者Qは、A児の発声が非常に多いことに驚かされた。この日も大人のあやしによく反応し、よく相手を見ながら沢山声を出しており、補聴器の効果が実感された。また、母は前向きに手話、ベビーサインも使って本児に働きかけようとしている様子が見られた。
生後8か月
家庭訪問支援5回目(乳相担当R・教員)
A児は体重が9kgになり、身長も約12ヶ月の子どもと同じ発達だと言うことで、母親は嬉しそうな表情。大きなボタンを指で押して光の点滅を楽しんだりできる。長時間のお座りもできるが、まだ、はいはいをする素振りはなく、母親はちょっと不満気。支援者の声に反応し、話しかけるとよく見ている。
母親は、新聞記事を広げながら、「効果はどうか」と尋ねる。支援者なりの経験を話す。月2回の手話学習会に参加しているが、そこで出会う先輩の親たちの話も情報として上手に取り入れているようである。手話を覚えたいが、手話サークルまで子連れでは通えない。手話の指導者を派遣してほしいと話す。当初のショックから立ち直り、A児を心から可愛がり、暮らしの中で様々な工夫をしている様子が伺われる。
生後10か月
家庭訪問支援6回目(乳相担当Q・ST)
発達年齢に合った遊具がそろえてあり、いっしょにそれらの遊具で遊ぶ。BOAを実施。騒音計で音の出るおもちゃや環境音を測定し、本児の聞こえの反応があるものやないものを確認しながら裸耳聴力レベルを推定。さらに、聴覚活用を育むために、本児の補聴器装用時に聴くことが可能な環境音の音量調整を行った。もらった絵カードの使い方について、ことばを教えようとするために使うのではなく、やりとりを確実にしたり、広げたりするときに使うよう話し合った。
母親は、A児が「~ネー」というように首を横に傾けてのかわいいしぐさをするようになったこと、ハンマーで玉をたたくおもちゃを楽しめるようになってきたことなどうれしそうに話す。
COR等の検査では信頼性のある聴力レベルを把握することが難しいこの時期に、母親が実際に反応している音がどのような高さ、大きさの音であるかを測定し、A児の聞こえを把握することができたことは安心感につながったようであった。また、チャイム音やテレビの音量など、補聴時にも聴くことが難しい音の大きさであることがわかり、聴くことが可能なように音量調整しながら、聴覚活用できる音環境調整ができたことに満足したようであった。
生後11か月
家庭訪問支援7回目(担当S・手話インストラクター)
初めての訪問。遊びながら母親の今までの手話学習状況を伺い、簡単な手話単語を確認した。初めての訪問で、母からA児の生い立ちを写真をおって説明してもらった。ご主人との出会い、結婚、出産までの経緯、障害を告げられた時のショック、そして立ち直り、今に至るまでの深い心の葛藤を、長い時間をかけて話してくれる。
生後12か月
家庭訪問支援8回目(乳相担当R・教員)
訪問すると起きてミルクを飲み終えたところ。不思議そうに支援者の顔を見つめている。もらいものの玩具がたくさん増えていたが、A児が使いやすいよう整理されており、A児の要求に合わせて適切に提示したり、見せたりしている様子が伺える。
『0歳からの家庭指導』のビデオ(約30分)を母親と見ながら解説する。支援者の解説に母親はしきりにうなずく。音の聞かせ方や子どもとのコミュニケーションの具体的な場面に共感している様子が伺えた。
母親は「2人目の子どもをどうするか考えている。手話をもっと積極的に学びたい。ろう者との会話をもっとしたいが機会が少ない。一方で、音声に子どもの反応がないことが不安。自分自身の感情の起伏がまだまだ激しく落ち着かない」と話す。
母親は子どもにとってよかれと思われることは何でもやってみたいと思い、そのように行動している。手話学習についても「子どもと遊びながら手話でコミュニケーションしながら学びたい」と言う。手話インストラクターの訪問だけではなく、地域にも声を掛けて子どもと遊んでくれるろう者を探しているとのことであった。
家庭訪問支援9回目(担当S・手話インストラクター)
日常の会話に手話を使うことで、今知っている手話を思い出しながら工夫して表現している様子。支援者の表現や初めて見る表現があるときは、すぐにとめて質問。おもちゃで遊ぶ時、おもちゃの持つ意味を理解した上で、「はやくおちるよ~」「こっちはきいろ。こっちはオレンジ」など、教えながらあそんだ(あそびの中で手話単語確認)。
生後1歳1か月
家庭訪問支援10回目(担当S・手話インストラクター)
『報道特集・手話で子どもを育てる』(ビデオ)を見る。生後2ヶ月から手話で子育てを始めた家庭を取材し、1歳2ヶ月で「ピカピカ」と初めて手話で表現し、日を追って単語をつなげ、短い文での会話ができるようになった、という内容。
母親は「この親子の様子を見て、早くから手話を使うとそれだけ早く手話ができるようになるんだと思った。でも、このお母さんは偉いと思う。A児が2ヶ月の頃は私はまだまだ落ち込んでいた」と話す。
CLと空間の使い方の学習:そのままの形・大きさで表現する練習。
短文での会話の練習:果物のおもちゃを使い、皮の剥き方の違いを感じてもらう。
保護者の手記~「家庭訪問支援を受けて」
| Pろう学校の乳幼児相談に私が最初に出向いたのは昨年の4月、Aがまだ3ヶ月の時でした。やっと首が据わった子をベビーカで押しながら電車を乗り継ぎ、やっとの思いで辿り着いたのを覚えています。はじめは学校内の雰囲気に慣れず緊張していましたが、先生方に娘を可愛がってもらい、私の話もたくさん聞いていただき、それからはどんどん打ち解けいつの間にか学校へ行く日が楽しみになっていました。学校での手話教室、年齢別グループ活動、講演会は大変勉強になりますし、同じ境遇のお母さんとお話しすることは何よりも励みになります。 そして私が一番心待ちにしているのが月に一度の家庭訪問です。家庭訪問で子どもが日常生活している現状を見ていただき、家の中での遊び方などさらに細かくアドバイスしてくださいます。私が何気なく遊ばせていたオモチャも「こうやって一工夫すると楽しいよ!」とか、リビングにインテリアで飾っていた間接照明で娘を「キャッキャ!」と笑わせたり、毎日暮らしていても気づいていないことを教えてくださいます。 Aが補聴器を装着し始めて4ヶ月ほどたったある日、Q先生は騒音計を持って自宅に来てくださいました。 私は「何が始まるの・・・?」とドキドキしていると、Q先生はテレビの音、電話の音、玄関のインターホンの音、細かいオモチャの音量・音の高さを1つ1つ調べ始めました。そして調整出来るものは音を適度(70~80デシベル)に大きくしたのです。電話も音量を大きくし、私は大きな音で鳴り響く電話にとても驚きましたが、補聴器をつけたAはその音に少し反応しているようでした。Aが補聴器をつけて聞こえるように調整していただいたお陰で、それから2週間ほどたった頃からAはそれらの音に気がつくようになりました。Aが「何だろう、この音?」という顔をしている姿をみると、大音量で鳴っている電話の横で「何だろうね?ここからだね。あ、電話だ!電話が鳴ってるね!もしもしってしようか!」と受話器を取るのも忘れて話しかけて遊んでいます。それから私も娘も電話やインターホンが鳴るのが楽しみになりました。家の中で1つでも多くの楽しみを見つけることで、日頃の子育てのストレスが減ったような気がします。やはり「自宅」は子どもが一番長く過ごす場所ですので、その環境を見ていただけることは大変貴重な機会であり、大切な時間だと思いました。 またある日は先生に家族計画についての悩みを聞いてもらいました。第一子が重度の難聴であったため、私自身の気持ちとしては「二人目も聞こえないかもしれない・・・」「もう子供はいらない・・・」と考えていました。しかし、主人や主人の実家などから「一人では可愛そうよ」「兄弟はいいもんだよ」などと言われ続け、それが少々ストレスになっていたのです。先生に相談するといろいろな家族の例を教えてくださったり、私の今の状態を理解していただき、沸いて出てくる私の疑問や不安なことにアドバイスしてくださいます。そんな家族計画のことなど学校の先生に相談しなくても・・・と思われるかも知れませんが、私にとっては大きな問題です。でも校内で他の人がいる所ではお話をするタイミングもないため、そういう場合自分の思いをさらけ出すことができる家庭訪問は大変助かり、私の悩みが1つ軽減します。 これからも今までにアドバイスいただいたように自宅でもAと楽しく遊びたいと思います。4月からは家庭訪問の対象である0歳児グループは卒業しましたが、また何かじっくりお話したいことがある時は先生に家に来ていただければ・・・・・と期待しています。 |
考察
a. このケースは里帰り出産で初産。新スクについての事前説明もないまま、退院当日にリファーを告げられた。母親、祖父母のショックは如何ばかりかと察せられます。
b.1ヶ月半での確定診断時の「ろう児も今は普通学校に行ける。人工内耳がある」という医師の話は、その意味さえ母親には理解できない状態でした。母親のショックやストレスを緩和するような母親の立場に立った助言が必要であると思われます。
c.インターネットの情報はある意味で母親に考える機会を与え、「わが子を可愛いと思えない」と言いつつも母親としてできるだけの手立てを講じていました。たとえば、居住地の保健所にはがきを出し、保健師の訪問を依頼、藁にもすがる思いで行動したことが伺えます。このケースの場合は、当初、保健師が母親を支え、必要な情報提供を行なっています。後に「保健師さんの親身な心遣いに救われた」と母親は述懐しています。医療機関から教育機関につなぐルートをどう作っていくか、そのことは今後、新スクを意義あるものにしていく重要な事柄であると考えられます。
d.保健師からいくつかのろう学校や療育機関を紹介され、母親が自ら選択してPろう学校を選びましたが、来談支援と共にその後の月1回ペースの訪問支援は、母親にとっては自分のペースで子育てについて、聴覚障害について考える時間となったようです。また母親が得たさまざまな情報を訪問者に話すことで整理し、取捨選択できる機会にもなりました。
e.訪問支援を行うことで、子どもと母親のおかれている環境や暮らしが把握でき、今後の教育・育児についての具体的な助言を行うことができます。幼い子どもの養育は、母親との密接でよりよい関係を成立させることが大切ですが、そうした関係を紡ぐ場が家庭であることを考えるとき、子どもを取り巻く人的・物的環境の重要性はいうまでもありません。こうした意味でも早期からの訪問支援は意味があると思われます。
f.母親からのニーズは多岐にわたることも事実です。心理的安定、医学的知識、子育て、遊びかた、教育の方法、福祉手続き、補聴器管理、聴覚活用の方法、音の聞こえ方、子どもとのコミュニケーションのとり方、聴こえない・聴こえにくい成人との出会い、手話の学習などなど。こうしたニーズに応えるために人的資材を準備していく必要があると思います。そのためのスタッフの研修も今後欠かせないと思われます。
