「きこえない子との会話の方法ってなにか特別な方法があるのですか?」 こんな質問を受けることがあります。”特別な方法”というということではありませんが、きこえる子との会話以上に丁寧に会話することでしょうか。でも、最初から上手に子どもと会話できるわけではありません。周りのお母さんのことばかけの様子をみたり、スマホで子どもとのやりとりをしているところを家族に撮ってもらい乳幼児相談の担当の先生にみてもらってアドバイスをもらったり、よりよいことばかけを工夫していくことが大切です。
昔からよく言う、「シャワーのようにことばをそそぐ」というのはちょっと誤解を生ずる表現。ただことばをたくさん浴びせればいいのではなく、①子どもの興味関心に添って、②子どもの目線の先を必ずとらえて、③身振り、表情、写真カードなども使って、豊かにことばかけ(手話であれ音声であれ)をするという基本は守っていきたいものです。「ことばかけした」という大人の自己満足に終わらないように。以下は、あるママの育児記録からの引用です。
Aちゃん(1歳10か月) 音声・手話併用
『朝食に玉子を焼こうと冷蔵庫を開けると、牛乳が目に入りA「牛乳」のサイン。 M「牛乳飲みたいの?」 A「うん、うん」(うなづく) M「じゃあ牛乳飲もう!」 A「バー(ジャーと言っているつもり) M「ジャーして飲もうね。コップ持ってて。」(持って待つM)「ジャー」 A「バー」そのまま、飲むかと思ったら、耳に手を当てA「んー、んー」と声を出す。(レンジのピーピーをまねしているらしい。A流の電子レンジサイン) M「レンジ ピーピーしてあったかくして飲みたいの?」A「うんうん」(うなづく)抱っこすると自分でレンジの扉を開けてコップを入れ、ママが時間をセットすると自分でスタートボタンを押して、A「待ってる」サイン(手話)。少し待って、すぐ耳に手を当てA「んー、んー」 M「ピーピーきこえたかな。まだあったかくならないねー。」といっぱい会話ができて楽しかった。』(以上、育児記録より)
毎日繰り返される生活場面で、Aちゃんとママが豊かに会話している様子が描かれています。日常の何気ない【牛乳を飲む】といった場面でも、これだけ豊かにおしゃべりができればいいなあと思います。子どもの、牛乳が飲みたい意図がお母さんに伝わり、「はい どうぞ」と牛乳を渡すだけのかかわりでは、ことばが豊かに育つことは難しいと思います。子どもに関わる大人が、Aちゃんのママがしているように、丁寧なことばかけができるよう慣れていきたいものです。
Aちゃんとママは、このように今はやりとりが成立していますが、ここまで来るまでには、ママの「一人語り」の時間が長くありました。ママはAちゃんが赤ちゃんの頃から応答のないAちゃんに、手話も使って「牛乳 飲みたいの」という代弁をしたり、「ジャー」とつぐ際に声をかけたり、温める時には電子レンジの音をきかせたり、一緒に温まるまで待っている間も子どもにいろいろと話しかけたり、という一人語りのような時間を重ねてきました。その結果として、Aちゃんの表出が育ってきたわけです。種をまき、水をやることで花が育つように、お母さんはじめ、身近にいる大人の豊かな「ことばかけ」という種まき、水やりが行われないと、子どものことば(手話にせよ音声言語にせよ)はなかなか育ちません。芽が出るのを楽しみにしながら、小さければ小さいほど、その時期を丁寧に過ごしていただきたいものだと思います。以下は1歳4か月頃の育児記録から。
Bちゃん(2歳6か月) 音声・手話併用
『・・・クマが水遊びする池を、ガラス張りの囲いから見ていた所、クマが猛突進で池に飛び込んできた!「ザッブーン!」といったん水に入った後、ガラス越しに見ているBに向かって襲いかかってきた!さすがの私も一瞬顔がこわばり、Bは「ウェ~ン!」と泣いた。家に帰って、「今日はたくさん動物見たね。・・・クマはこわかったねー。ガオーッて襲いかかってきたよ。」と話したら、B「クマこわい、こわい」といつまでもやっていました。私が続けて「でもクマさん、もう眠っているかな。」と話すとBも「クマ ねんね。」と安心した様子でした。』(育児記録より)
動物園で、心動かされる体験をたくさんしたBちゃんです。Bちゃんのママは、その体験を振り返り、「象さんやきりんさん、見たね。」という見た動物について話しをし、特にクマが窓越しに襲いかかってきたという一番印象深いお話をしてあげました。もちろん、こわいクマ体験でしたから、Bちゃんも食い入るように話を聞いたようです。そして、そんなクマで頭がいっぱいのBちゃんに投げかけた「クマさん、もう眠っているかな」の一言。これがママの上手なことばかけでした。体験していない想像の世界についても、Bちゃんとの会話に盛り込んだところがとても良かったと思います。「クマさん、今頃何しているだろう。」「クマさんどうしているかな。」といったことばかけも同じ「考えさせる」「想像を働かせる」類のことばかけですが、こうしたことばかけが子どもの気持ちや状況に応じて的確に投げかけられることで、子どもの思考力や想像力が育っていきます。
そのためには、子どもが、お母さんに何を語りかけられているかがことばで理解できるようになっていることが必要ですが、その素地は、親御さんによる「一人語り」の時期の丁寧なことばかけの積み重ねによって作られていきます。Bちゃんのママは、難聴のBちゃんのためにしっかりと手話を学び、会話の中で使ってきました。そして、2歳半の今、Bちゃんはお母さんの話すことがかなり理解できるようになってきているようです。
Aちゃんも、Bちゃんも、親子の間でやりとりが成立する素地をこれまで作ってきて、今があるということ。小さい時からの年齢に合わせたていねいなことばかけを大切にしていきたいですね。以下、参考になる、豊かなことばを育てるかかわり方の事例を2つ紹介しておきます。