難聴児の心の発達~イヤイヤ期・行きつ戻りつ成長する子どもたち

難聴児の心の発達
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  難聴児の認知・言語の発達(1)~(5)で、難聴児は、0歳後半頃より親子の愛着関係と認知機能としての象徴機能(symbol)が発達し、①手話では1歳前後に初語が獲得されること。しかし、1歳代の言語はまだモノとの1対1の「ラベリング」的要素が強いこと。②手話では1歳後半頃より「語彙爆発期」がみられ、語彙の増加を経て、2歳前後にカテゴリーをもった本来の言語獲得に到達すること、③また、この頃に要求や叙述を伝えるのに必要な動詞や形容詞も獲得し2語文が生成されるが、これは複数のものを関係づけて思考できるという関係概念の発達がベースにあること。さらにまたこの時期は、記憶しイメージできる力も伸び、楽しかった過去の経験が語れるようになってきて、頭の中にある楽しかった思い出をありったけの単語を羅列して語れるようにもなることなど述べてきました。

 このような認知・言語の発達を経て、2~3歳の頃に、心の発達の面では難聴児も「自我の芽生え」の時期を迎えます。そこで今回は、2歳から3歳頃にかけての心の発達=「イヤイヤ期」について焦点をあててみたいと思います(この時期の言語の発達については「難聴児の認知と言語の発達」のほうで述べます)。

自我の芽生える頃

 きこえる子もきこえない子も2歳頃になると自我が芽生えてきて、なんでも自分でやりたがるようになります。「自分」という意識が高まり、大人の言うことをすんなりとはきいてくれません。そのためにママやパパ、兄弟などとの衝突も増え、癇癪を起してひっくり返り泣きわめくことも少なくありません。そのためにこの時期は「イヤイヤ期」とか「魔の二歳児・三歳児」などと呼ばれることがあります。この時期をどう乗り越えればよいのでしょうか? 

 子どもは1歳を過ぎると写真や鏡に映っている自分やパパ、ママなどがわかるようになってきて、他人と違う「自分」という存在に気づき始めます。また、自分のしたいことや嫌なことがはっきりしてきて、ほしいものを要求し嫌なことは拒否しますが、まだ自分の欲求や衝動を抑える脳の機能(自己コントロール)も育っていないので我慢することができません。

 2歳になるとその傾向はますます強くなってきます。そのために大人の側もついイライラすることが生じがちですが、でもこれは裏を返せば「自分でやり通したい、がんばりたい」という子どもの積極性・意欲のあらわれでもあるので、この気持ちを大事にしてあげることが大事です。しかし、やりたい気持ちとは裏腹に、まだまだ運動機能も不十分であったり、やりたいけど自信がないという心の揺れを感じたりするために、自分でやり通せず、癇癪を起したり泣いたりなど感情が揺れ動きます。その子どもの心理を読み取り、子どもの自我をはぐくむ大切なチャンスととらえ、子どもの気持ちにまず寄り添い、「~をしたかったんだよね」「大丈夫。だんだんとできるようになるよ」と上手に受けとめて自信をもたせていくことが必要な年齢です。

どのように対応すればよいか?

 とは言っても朝の時間がない時に「イヤイヤ」が始まるとついついイラっとして「時間がないから早くして!」「今日はママがやるから、もうっ!」と叱りたくなったりしますが、それはかえってドツボにはまりかねません。そこで一工夫。これから行くところの写真カードを見せて「この前のこの遊び、楽しかったねえ。またやりに行く?」とか、スマホを取り出して「あっ、〇〇先生が早くおいで~ってメールくれたよ」などと演技をするのもありかもしれません。ともかくいちばん大事なことは、まず(心に余裕をもって)子どもの気持ちを受けとめること。頭から指示・命令・禁止・叱責ではなく、「〇〇ちゃんは自分でやりたいんだね」、嫌がるときは「いやなんだね。じゃあ、やりたくなったら言ってね」などと本人の意思を尊重することで、子どもは自分が認められているとが実感できます。まず何より肯定先行が大事です。

「くらべる力の育ち」を手掛かりに・・

 また、2歳は、二つのことの関係を思考に入れることができる年齢になってきています。「同じ・違う」「良い・悪い」「上・下」「出来る・できない」「大きい・小さい」「長い・短い」「たくさん・少し」といった対比的な概念が育ってくる時期です。

 このような概念が育ってくると、「大きくなった自分(前は小さかったけど)」「良い子の自分(前はわがまま言ってたけど)」というイメージを子どもの内面に育てることができるようになってきます。うまくできた時に「大きくなったね」「お兄ちゃん(お姉ちゃん)になったね」「良い子の〇〇ちゃんになったね」と「成長した自分」というイメージを子どもの中に育てていくようにします。そうすると癇癪を起して泣きわめいているときなどに「良い子の〇〇ちゃんはどこに行っちゃったのかな?」「おーい、お兄ちゃんの〇〇ちゃーん」などと子どもに「成長した自分」に気づかせていくこともできるようになってきます。
 このような繰り返しの中で、4歳頃から「少し待ってみようかな。がまんしようかな」と徐々に自分の気持ちをコントロールできるようにもなってきます。自制心の芽生えです。この成長の過程はきこえない子もきこえる子と基本的には変わりません。心の発達の系とことばの発達の系は別ですから難聴のためにことばの発達が遅れても心の発達は遅れません。ことばを獲得してきた聴児でもまだまだ自分の要求や主張をきちんとことばで伝えることができませんし、できなくてかんしゃくを起こしてもことばで行動をコントロールすることが難しいわけですから、言語を持たないきこえない子への対応はなおさら難しさが伴います。その点を考慮すると、この時期に使えるようになっている言語としては、やはり手話だと思います。以下、聾学校乳幼児相談に来談している保護者の育児記録の中からいくつかの事例を紹介します。

きこえない子たちの心の育ち~心の発達を支えることばの力

 事例A~Dは、2歳前後の「自分」を主張し始めた頃の子の事例です。やりたがる子どもの気持ちを尊重し、最後まで見守り、できたことをほめることで上手に子どもに満足感を与え自信をつけさせています。「肯定先行」の大切さがわかります。そして伝えあえる言語があることの大切さも。事例Eは、2歳代で育ってくる対比する力(対概念)を使い、二つの具体物から子どもに選ばせ、自分が選んだという満足感をてこにして自分から着替えをやろうとする気持ち育てています。

 事例Fは、子どものやりたい気持ちを優先するなかで、母親が率先して地域の人たちにあいさつしているのをみて、子どもも自分から挨拶するようになっています。2歳後半~3歳頃になると、大人の使っていることばを真似て使いたがる子も出てきますが、挨拶のことばは理屈ではなく躾としての面が大きいので、このような時期にうまく習慣化するのがよいと思います。
 事例Gは、家庭の中でのそれぞれの役割を「仕事」という概念で理解し、率先して自分の仕事=身の回りのことを自分ですることと考え、家族の中での自分を位置付けており、心の成長を感じさせる事例です。

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