今日の学習内容(指導者用)
助詞の誤り~低学年児童の日記から
きこえない子たちにとって苦手な品詞のひとつが助詞です。上の例は、聾学校小学部低学年児童の助詞の誤りの例ですが、こうした誤りについて、子どもが理解できるように説明し納得させるためにはどのようにすればよいでしょう?
これまでの長い聴覚障害児教育は聴覚口話法でしたから、いわゆる自然法の中で「なんども会話の中で繰り返していればそのうちわかる」指導で、その方法が確立されていませんでした。ですから日記に赤を入れて書き直させるという「指導」しか行われてきていませんでした。実際、ここに例示した助詞の誤りに対してもただ誤りを指摘するだけで、指導はなされておらず、赤を入れて教師の考える「正解の文」が横に書かれているだけです。
なぜ、助詞が身につかないか?
きこえない子の日本語習得上の難しさは二つあり、ひとつは動詞の活用、もう一つは助詞です。助詞の習得困難さの理由はいくつかあります。以下にその理由をあげてみます。
①日常会話の中で助詞はしばしば省略される(「ねえ、学校?」「いや、病院」など互いに文脈が共有されていれば日本語は単語だけで会話できるからです(日本語は「開放文法」の言語。「閉鎖文法」の英語とはこの点で違います)。
②助詞には一文字のものが多く(が、を、に、で、と・・)瞬間的に発音されかつ音圧も弱いため聞き取れないことがあります。また、口形が同じ助詞が多く、ぼそっと言っても区別しにくいです(「ママを」「ママと」「ママの」、「学校へ」「学校で」など)。
③助詞は名詞や動詞などと違って、前の語と後ろの語との関係を表示する機能を持つ品詞(機能語)です。そのため、文の中でしか学ぶことができません。
会話の中で助詞を身につけるには?
日常会話の中で助詞を身につけるためには、できるだけ正しい文で会話することと助詞を視覚でも提示することです。例えば、「ねえ、学校?」だけではなく、「ねえ、今日は 学校に 行くの? それとも 病院に 行くの?」などと、主語や目的語などを省略しないこと、手話を併用し、助詞は指文字で表出するなどの配慮が必要です。また、ある程度の聴力や読話力も必要です。
文の中で助詞を指導するには?
では、書きことばの中で助詞は、どのように指導すればよいのでしょうか? 助詞にも格助詞とか副助詞とか接続助詞とかいろいろありますが、まずは、きこえない子が躓きやすい一文字の格助詞「が、を、に、と、で」を取り上げて指導します。
格助詞は、客観的な事柄を述べたり理解するためには欠かせない品詞です。とはいっても文の中には、助詞がなくても意味がわかる文もあります。例えば、右図の上の①のような場合です。このタイプの文なら助詞がわからなくても、単語さえわかれば理解できます。「たろう✖ ラーメン✖ 食べる」でも「ラーメン✖ たろう✖ 食べる」でも、きこえない子は、単語から文の情景・イメージを描くことができます。
しかし、下の②の文はどうでしょう? 「たろう✖ はなこ✖ たたく」「はなこ✖ たろう✖ たたく」。日本語の文法ルールが語順によって前が主語で、後ろが目的語と決まっていれば、前者の主語(動作主)はたろう、後者の場合ははなこが主語(動作主)になるでしょうが、日本語は語順によって主語(動作主)は決まらず、名詞にくっついた助詞によって主語か目的語か、意味がわかるルールなので、助詞がないとどっちがどっちかはわからないのです。そのため、助詞がわからないと、文が理解できません。
助詞の指導は、ほんとに効果があるのか?
上のグラフはある聾学校でたまたま文法指導をしたグループとしなかったグループでの「助詞テスト」(格助詞「が、を、に、で」などの理解度を調べるテスト)の結果です。指導期間は半年だったのですが、助詞の意味・用法と手話表現を組み合わせた指導によって、指導をしたグループとしなかったグループでは、半年後の助詞テストの成績に有意な差があることがわかりました。
(*因みに、別の研究でもこうした結果が出ています。『聴覚障害児への「手話助詞」を用いた格助詞指導』大鹿綾、広島大学大学院教育学研究科附属特別支援教育実践センター参照)
以上のことから、このYouTube動画では、基本的な助詞の使い方について「助詞手話記号」を使って学習していきたいと思います。なお、助詞「が」と「を」についてはすでに学習しましたので、残りの助詞「に」「で」「と」について学習していきます。