中等度難聴である私の子育て~臨床心理士若狭妙子さんの講演から

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はじめに

 聴力両耳とも60デシベル台の若狭妙子さんは、幼少期は40デシベルの軽度難聴でしたが、徐々に聴力が低下し、現在は中等度難聴のレベルです。仕事は大学・大学院時代に学んだ臨床心理学を活かして、K市で、主に成人聴覚障害者を対象とした心理カウンセラーとして仕事をしています。若狭さんのご主人は聴者。そして二人の聴児の母としても忙しい毎日を送っています。これまで、若狭さんの話は、このHPでも紹介したことがありますのでぜひお読みください。(本HP記事『声でのおしゃべりは楽しいけれど、気が抜けない緊張の連続』参照)。 https://nanchosien.blog/wakasa/#me-as-a-pshycolojist

 さて、もう20年ほど前になりますが、当時、学生であった若狭さんが、聴者のように見える軽度難聴者のつらさ、苦しさを語ってくれたことがあります。それを聴いた私たち聴者には、当時、とても大きな衝撃が走ったことを覚えています。当時学生だった若狭さんがその後、臨床心理士となり、母親となり、立場も変わり、経験も深まる中での今回の話はまた新たな学びがありました。以下、講演の中からいくつか話された内容を抜粋して紹介し、感想も述べたいと思います。

講演から

息子の声がきこえない

夜は補聴器を外して寝ている。今5歳になった息子が夜中にトイレに行きたいので私を起こす。しかし、補聴器を外していると、息子の声は聞こえない。私が気づくまで、放ってしまっているようである。からだを揺さぶられ、ようやく気づき、慌てて補聴器をつけて話をし、トイレに連れていく。

その都度変わるきこえ

ファミレスで食事をする。「ねえ、オシオ(お塩)とって」と言われてコショー(胡椒)を渡す私。「ちがうお塩だよ!」。1対1の静かな場所なら90%わかるけれども、3人以上での会話になると20~30%の理解になる。さらに、騒音、反響に絶えず左右される。「この人の話を聞こう」と構えて初めて、「聴くことができる」。だから、他人の雑談を聞いた記憶がない。」

失われた20年

大学に入って、ろうの友人と話したいと思って手話を覚えた。そして、手話通訳や要約筆記(ノートテイク)で講義を受けて、輪郭が曖昧だった世界がやっと鮮明になった。私も「全てわかることができるのだ!」と知った時、これまでの20年はなんだったのだろうという思いで怒り、驚き、混乱した。取り戻すことのできない過去の膨大な時間を悔やんだ。

結果だけでなく、プロセス(過程)を知りたかった。

学習につまずきもなく、友人関係も人並みにあった自分のことを、先生たちは”成功例”と捉え、自分の親も問題なく育ってくれたと思っていたように思う。しかし、高校卒業後社会に出た時に今まで見えなかった問題が顕在化した。特定の二人とであれば困らなかった会話が3人以上のコミュが増えることで困り感がどんどん増え、そして、コミュニケーションがうまくいかないことで失敗感が積み重なり、自己肯定感が低くなった。黒板に書かれている結果だけを理解し、覚えてきて、結果が導き出されるまでの議論や思考のプロセスを理解することがすっぽりと抜けていたことで、自分の考え方が浅く幼いことに気づいた。

ありのままの自分をさらけ出せる体験がしたかった。

小学校で友達に「耳は治るの?」と聞かれたことがある。その答えが知りたくて、難聴学級の先生に聞いてみたところ、「大きくなったら治ると思うよ。」と言われた。だから治すために難聴学級に通っているんだと思っていた。難聴学級は「聞こえることを頑張る」ところだった。「聞こえないまま、安心して、堂々としていればいい。」と言ってもらっていたらどんなに良かったか、と思う。補聴器のない自分でも大丈夫という安心感を与えてほしかった。肩に力を入れずにできる手話でのコミュニケーションを早くから知っておきたかった。

講演をきいて

難聴者として生きるということは・・

 若狭さんは、幼少期、軽度難聴であったがゆえに、実際はきこえていないことはあっても、聴者のように育ちました。これは、決して「聴者にはなれない」本人にとっては、聴者と関われば関わるほど、うまくいかない自分に自信をなくし、結果的に「自己肯定感が低くなる」ということに繋がってしまったということでしょう。
 聴者とは違う曖昧な聞こえ方、聴者のように「聴く」だけで全ての情報が入らない聴者とは違う自分を自覚し、本来の自分自身を取り戻し、そして「難聴者としての自分」を無理なく相手に伝えることができるようになることが大切なのだろうと思います。どんなに努力しても聴きとれないのは難聴という障害があるからであって、自分が努力していないからではないこと。障害は生まれつきの身体的な差異であり、そこから生ずる課題を相手に伝え、どうすれば情報が入るのか、コミュニケーションがとれるのかという難聴者の立場からの発信、模索、そして調整(支援)の依頼といった行動につなげていくことが大切だということだと思います。

幼い頃から育てていきたいこと

 最近は、「セルフ・アドボカシー」ということが言われるようになりました。これは、自分の権利やニーズを、適切に相手に伝え、必要な対応を求めることを指しますが、この力は、幼い頃より年齢に応じてつけていくことが大切だと思います。若狭さんの経験からも、①自分の障害についての理解、②自己肯定感、③手話や書記言語を含むトータルなコミュニケーション手段、④相手も自分も大切にするコミュニケーション方法・対人関係能力、⑤問題解決能力、こうした力を保護者も子育ての中で意図して伝え、育てていくことが必要でしょう。

 そして何よりもまず、私たちは、きこえない子たちに向かって「きこえなくていいんだよ。あなたは、あなたなんだから。」ということを伝えていきたいと思います。そして、保護者の方も、聴者と違うその子どもの聞こえの世界を理解し、難聴者として育てる構えができることが本人たちを幸せにするということを、若狭さんの講演の中からくみ取ってほしいと思います。(木島記)

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