人とコミュニケーションする時、「Aさんは、私がこう言えばどう思うだろうか? それならどういう言い方をすればいいのだろう?」といった、他者の気持を想像し、自分の言動を調整することはとても大切なことです。こうした他者の気持ち・感情を知的に理解することを「認知的共感」と言い、他者の悲しみをわがこととして感じる感情を「情緒(動)的共感」と呼んで区別しています。
これまで難聴児・者は、他者の心を想像する力である「認知的共感」が弱い、と言われてきました。上のファイルは一般社会で難聴者に求められることを3つにまとめたものです。その2番目にある「社会常識・人間関係に関すること」の中で、「目上の人にも平気でため口を使う人がいる」「敬語が使えずストレートな表現が多いため、仕事をしていく上で相手に失礼になることがある」といった企業関係者からの指摘は、日本語としての敬語を使う力の不足もあるでしょうが(敬語の使い方は聴者でも難しい)、それだけではなく、相手の人の心・気持ちへの想像力(認知的共感)という点も含まれているのではないかと思います。そこで今回は、他者の心への想像力であるこの認知的共感の実態とその力をどう伸ばしていくかについて考えてみたいと思います。
「心の理論」~戦略研究(2012)と聾学校年長児の結果(2022)から
2012年に報告された感覚器障害戦略研究(以下、戦略研究)結果の中で「聴覚障害児においては、人の考えを読み取る力に関係する『心の理論』の発達が聴児に比べ遅れる傾向」があると指摘しています(「聴覚障害児の日本語言語発達のために」,P168)。
「心の理論」とは、自分の知っていることと、他者の知っていることとを区別して想像できる力(社会的認知)のことを言います。定型発達の聴児であれば、5歳半から6歳頃なるとものごとや自分自身のことを対象化し、客観的にとらえることができる「メタ認知」の力が育ち、自分の知っていることと他者の知っていることとが同じではないことがわかるようになってきます。ものごとを「自分中心」にしか考えられなかった頃から少しずつ「脱中心化」が進み、こうした力の育ちによって、「心の理論」においても、聴児の半分以上は年長段階でこの問題を通過するようになります(右グラフ緑色棒グラフ、武藤,1997)。
しかし一方で、難聴児においては、他者の心を想像する力の発達の遅れが目立ち、戦略研究の調査では、難聴年長児(90名)の通過率は23%、4人に一人程度です。また、この課題に半数以上が通過できるのは小学校3年生(59%)で、聴児に比べて3年の遅れが生じています。さらにその後の伸びも緩やかで小6でようやく7割を超える、というのが実情です。他者の心のうちを想像することすなわち認知的共感の苦手さが表れている結果と言えます。
筆者(木島)は、都内のある聾学校の幼稚部年長児について、毎年1回、調査をしてきましたが、2017年から2022年までの6年間の年長児31名の平均通過率は39%、約4割です。聴児の結果(武藤)と比べると17ポイント低いですが、戦略研究の難聴年長児よりは16ポイント高く、ちょうどこれら2つの群の中間ということになります。
「認知的共感」に関わる要因は、家庭内の会話のあり方に?
「心の理論」について研究を重ねてきた東山薫(とうやまかおる・龍谷大学)は、欧米の研究結果から、「母親が心についてたくさん言及することや視点取得を促すようなことばかけが子どもの心の理論の発達を促すことが示唆される」(「聴覚障害のある子どもの理解と支援」107頁)と述べています。また、「心の理論の発達と母親の会話スタイル」との関連から、自分自身の研究から以下のように述べています。
「『母親主導で心以外に焦点化』するような母親の会話スタイルが子どもの心の理論の低さと最も関連が強い」と述べています。つまり、「これが何々でしょ。ここに何々がいるね」など、子どもの気持ちや発言を待たないで先回りするような会話スタイルが、結果的に子どもの心の理論の発達を妨げている可能性を示唆しています。そして別の研究結果からも、「子どもの経験や知識、考え方を考慮した、子どもにとって分かりやすい母親の説明が、子どもの心の理論課題の成績の高さと関連をもつことが示された」(同P111)と述べています。
こうした研究を総合すると、子ども主導の会話スタイルの中で、心に言及することや視点取得を促す会話をすることが最も心の理論の発達を促す、と言えそうです。
聴覚障害児の場合は?
さらに東山は、心の理論を聴覚障害児について調べた海外の研究(Peterson,2005ほか)から、「親と子が同じ手話という言語を用いている場合は、コミュニケーションも円滑で、言語の意味や構文、他者の心への注意に関する働きかけも円滑に行われ、子どもがそれを知識として取り入れやすいため、心の理論の発達に関しても定型発達児の場合と同じであると考えられるのです。」(同P112)と述べています。
一方で筆者が行ってきた聾学校年長児31名の調査の中には7名のデフファミリーの子たちがいますが、心の理論「アンとサリーの課題」通過はそのうちの3名(43%)ですから、上述(太字)のことがどこまで言い切れるか少し疑問はあります。ただ、調査を行ってきた聾学校は発達早期から手話を用いているという点で親子の日常会話は比較的スムーズで、その点が年長児平均通過率39%という結果になっているのかもしれません。しかしそれでも聴児と比べると低いという結果は、言語・コミュケーション手段の問題だけでなく、どれだけ「心に焦点を合わせた会話が行われているか」という点が大きいのだろうと推察します。
「心に焦点を合わせた会話」にどう取り組むか?
以上のことから、以下のようなことが考えられるのではないかと思います。
①発達早期から手話を積極的に用い、心置きなく自由に伝え合える言語環境を家庭内につくる。とくに難聴の子どもがいる場では、音声だけでなく手話を用いた会話を心掛ける。
②子どもの興味・関心を大切にし、子ども主導の会話の中で、心や視点取得に焦点を合わせた会話を十分に行う。(「〇〇ちゃんはどう思うの?」「お兄ちゃんはどうしたいんだろうね?」「ママは~だと思ったよ」「パパはどう感じたかな?」など)
上の絵日記は、心に焦点化して出来事を振り返った例。他人はどう思い、自分はどう感じたかなど、あとで絵日記を通して(対象化して)改めて考えてみることは意義のあることと思います。また、他者視点を獲得するために、再現あそび、劇あそび、手紙を書くなど幼児期の活動も意義があると思います。