復刻オンライン版「わが子と人工内耳~装用した子・してない子全国保護者アンケート270人の回答から」

新生児聴覚スクリーニング・乳幼児教育相談
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なぜ、この書籍をHP上に復刻・再掲したか?

 わが子に難聴が発見され、聴力も90dBを越えるであろうと言われた保護者は、病院の先生から人工内耳を早期に装用することを勧められます。「早くしたほうが効果も高いし、片耳より両耳の方がいいよ」と。しかし、聴覚障害と告げられたのはついこの前、聴覚障害というものがどのような障害であるかもよくわからない段階です。しかも90dB以上の高度難聴とまだ確定したわけではなく(1歳前なら推定聴力)、早い方がよいと言われても「早い」とは何歳までのことなのか、それを過ぎると効果がなくなるのか? 一生埋め込むとしたら、これからどれくらいの費用がかかるのだろうか?など様々な疑問が湧いてきます。 またその一方では、テレビには手話を使う聴覚障害者が登場し、スポーツやダンス、演劇、写真といった分野で活躍しているのを見ます。そんな人たちを見ると人工内耳をしなくても人生楽しく過ごせるのだろうか?とも思います。わからないことがいっぱいある中で時間は過ぎていきます。どうすればよいのでしょうか? 
 私の個人的な意見ですが、ここはもう少し時間をかけて、決断がゆるぎないものになるまで、医療関係者からの情報だけでなく、療育・教育関係者、装用した子どもの保護者やできれば本人からさまざまな情報を集め、そしてご両親で話し合って決めることをお薦めします。その最大の理由は、人工内耳を選択するにせよしないにせよ、しっかりとご両親で話し合い考えたうえでの決断であれば、その選択について、将来お子さんが大きくなった時に「どうして人工内耳をしたのか(あるいはしなかったのか)?」と尋ねたときに、その選択が最善だと思って自分たちはそうしたんだよと、丁寧に説明できるからです。ご両親の愛情を感じて育った子どもは、決定がどちらであってもそのご両親の話に納得します。実際、10数年前に人工内耳を選択したあるいは選択しないで育った、私が知っている子どもたち(すでに高校生や大学生たち)は、当時のご両親の選択を納得している子どもたちが多いです。(*)
 (*)『手話で育つ豊かな世界』(全国早期支援研究協議会、900円)には、手話でスタートしてその後3~4歳で人工内耳をした子ども4人の保護者・本人の手記が掲載されています。ぜひご一読下さい。
 
 さて、今回このホームページ上に復刻することにした書籍『わが子と人工内耳』は2010年発行のものです。すでに10年以上の歳月が流れています。当時は、人工内耳に対する聾の人たちの反発も大きかったことや、命に関わることではないのに侵襲性のある手術を本人に代わって決断しなければならないことへの親御さんの心理的な負い目(倫理観)などから、「なぜ、わが子に人工内耳を選択するのか」について他者にも説明できるようしっかり考えておく必要があったのは確かです。いずれかを選ぶにしても、悩みに悩んでの決断でした。しかし、今思うと、このこと自体が子どものことを両親が真剣に、本当に一生懸命考えていることの証しだったのだと思います。
 
 それから10数年の時間を経た今、高度難聴なら人工内耳が当たり前という風潮が強くなっているのは確かです。しかし、それでも保護者の疑問が解決したわけではありません。①手術は何歳頃まで待ってよいのか(装用効果に差が出るのは3歳半という外国の研究はあるようですが、日本にはそうした研究は見当たりません、補聴器による聴覚活用を前提に4歳までに決めればよいという耳鼻科医の意見もあります)、②両耳と片耳で装用効果に差があるのか(両耳のほうが片耳より有意に差があるという研究は日本には見当たりません。2つつければ効果が2倍ということではありません。しかしリスクは2倍になります)、③聴力の確定は何歳頃にできるのか(1歳で100dBと言われていた子が補聴器を選択し、3歳になったとき60dBとか70dBという事例は決して少なくありません。認知や感覚機能などが発達し、子どもの聴力がはっきりしてくるのは、自分でボタンを押して反応する自覚的な聴力検査ができるようになった時ですから2歳半から3歳位が一つの目安です)、④人工内耳と補聴器のコストの違い(生活保護家庭で人工内耳を維持できなくなった家庭もあります。故障だけでなく機器が進歩しモデルチェンジもあるので費用はそれなりにかかります)、⑤人工内耳によって「聞き・話す力」がつけば「読んだり、書いたり、考えたりする力」もつくのか(130dBスケールアウト補聴器装用でも読み書きの力をつけて聾学校教員になっている人や大学に進学している人もいます。話しことば(生活言語)の力と書きことば(学習言語)の力は別ものです)、⑥その他発達障害がある場合の人工内耳装用の考え方、事故など緊急時のMRI撮影の可否など一概に言えない問題もあります。しかし、今は人工内耳は保険適用ということもあって保護者も「少しでもきこえるようになるなら」と即座に判断する方が少なくありません。そのようなことから、すでに10年以上経過してはいますが、当時の保護者が何に悩み、どのように考え決断したのか、また、当時の医療・教育関係等の専門家はこの保護者アンケート結果に対してどのように考えたかなど、改めてここに掲載し情報を提供することを通してこれからの人工内耳装用の判断をされる方に活用していただけると幸いです。
 なお、情報量が膨大なことから、①アンケート調査結果、②保護者の自由記述意見、③アンケート結果に対するさまざまな立場からの意見・感想は、以下にPDFで掲載したいと思います。

 

はじめに・目次

質問項目別回答結果と考察

自由記述欄にみる保護者の思い(151名)

アンケート結果を読んで~様々な立場からの感想・意見

 ここに掲載した方の中にはすでに故人となられた方もいらっしゃいますが、貴重な意見なのでそのまま掲載させていただきました。ご了承下さい。

【参考】NHKTV・ろうを生きる難聴を生きる「人工内耳」特集でのインタビューより

 以下は、2010年10月に放映されたNHKTV・ろうを生きる難聴を生きる「人工内耳」特集での、この冊子の編集にあたった筆者(木島)へのインタビューと回答です。参考として掲載しておきます。

なぜ、アンケート調査をしたのか?

 幼児期に人工内耳をするお子さんが増えてきているが、人工内耳の手術をするかしないかを決めるために総合的な情報を掲載した本というのがなかった。そこで私たちの研究会(全国早期支援研究協議会)では、人工内耳の長所・短所(欠点)を含めた親御さんたちの参考になる本を作りたいと考えた。そのためにはまず、人工内耳に関する様々な実態を知ることが必要と考えて、全国調査を行った。
 その結果、人工内耳をした・しなかったに関わらず、親御さんたちが悩み・迷い・考えて、決断をしていることがわかった。そうした回答を読んで改めて思ったことは、どちらを選ぶにせよ、私たちが簡単にやるべきだとかやめるべきだとか言うのではなく、親御さんの話をまずしっかりと聞き、共に悩み、考え、そして親御さんが出した結論に対して最大の支援をしていくことがなにより大切だと思った。

人工内耳をしてよかったという親の声に接して思ったことは?

 人工内耳の効果の個人差はあるが、わが子が聞き話せるようになったことで、会話の相手が拡がり、音の世界を楽しめるようになったことをとても喜んでいる、という回答が80%近くあった。ただ、それでも不安が消えないという回答もあった。その一つは、親が代理決定したことへの責任を感じるというもので、実際、子どもは成長すると、「なぜ、自分は人工内耳をしたのか?」という問題に直面するので、そのときにきちんと親は子どもと向き合うことが大切だと思った。それから、人工内耳は一生(死ぬまで)つけるわけだが、たとえば、引っ越したときに引っ越し先の病院での支援を受けられるのかとか、維持管理に必要な経費を払い続けられるのかとか、そうした将来への不安もあった。こうした問題もあらかじめ考えておく必要があるのだと思った。

装用しなかったという親の声に接して思ったことは?

 人工内耳を装用しないことを決めた親御さんたちも、迷いながら選択していた。個人差があり必ずしも装用効果は100%とは言えないのに、病院ではメリットが強調されることへの疑問、感染症や副作用といったリスクへの不安、また、命に関わらないのに身体にメスを入れることへの躊躇。
 それから人工内耳をすれば聞こえがよくなることはわかっていても、そうした価値観をそのまま認めてよいのだろうかという疑問。人工内耳をしなくても立派に成長している聾の人との出会いや聾の人たちの言語である手話との出会いを通して、聞こえないことをそのまま受けとめることも大事ではないかと考えて人工内耳をしないことを選択しているという人が多かった。

人工内耳にどう向き合うべきだと思うか?

 親御さんたちの聾学校に対する不満の多くは、教師が人工内耳に対して無知であったり最初から否定することへの不満であった。また、病院への不満は、医師が成人の聾者について無知であったり、手話を否定することへの不信であった。支援の専門家として反省しなければならないことだと思った。人工内耳は、効果があれば聞こえる人と音声で会話ができるようになる便利な道具。しかし、決して聞こえる人になれるわけではなく限界もある。そう考えると、いろいろなコミュニケーション手段を身につけておくのがよいと思う。人工内耳を使って聞こえる人とは音声で会話し、聞こえない人とは手話で会話し、聞こえる世界へもろうの世界へも行き来できる人に育ってほしいと思う。

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