聴覚障害者は、なぜ離職するのか?~企業の責任と本人・学校の課題

就労
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聴覚障害者の離職率は、なぜ高いのか?

 今回は、聴覚障害者の就労の現状について考えてみたいと思います。
聴覚障害者の離職率は他の身体障害者と比べて高いと言われます。実際に統計上もそうですし、私自身がかつて聾学校で指導したことのある子どもで、現在成人になっている人たちの中にも一度か二度は転職経験があるという人たちは多いです。なぜ、聴覚障害者は会社を辞めるのでしょうか?

当事者からみた離職の理由

 上記のグラフは、2024年4月に、福岡にある社団法人・言葉のかけはしによってまとめられた『難聴者・ろう者の離職についてのアンケート調査』(オンラインによる調査)から一部借用したデータです。この調査には200名近い人が回答していますが(女性が3分の2)、回答者のうち身障手帳をもつ人が約9割です。とは言っても手帳を持つ人すべてが障害者枠での就労かというと必ずしもそうではなく、手帳があっても一般就労という方も少なくありません。また、母語は手話話者と日本語話者はほぼ半々です。

 さて、グラフを見てみましょう。聴覚障害当事者が「私はこれで仕事を辞めました」という理由ですが(複数選択あり)、最も多いのが「きこえないことへのフォローをしてもらえなかった」42%です。音声言語だけでのやりとりではきこえない人は正確に理解できないことは明らかです。手話話者は当然ですが、日本語話者といえどもそうでしょう。仕事を間違いなくきちんと遂行するためには、まずは、「見てわかる日本語」である筆談、メール等が不可欠です。しかし、手話話者にとっては、書記日本語はハードルが高いのも事実です。一般社会では、学習言語レベルの語彙は当たり前に使われますから、いわゆる『9歳の壁』を越えられなかった半数超の聾学校卒「聾者」にはかなりハードです。ですからやはり手話話者の立場からは「手話の使用」を望みたいところですが、逆に、手話は聴者にとってハードルが高い方法です。ここに、仕事を遂行する上で欠かせないコミュニケーション上のジレンマがあり、互いに意思疎通がうまくできないために人間関係上の問題やストレスが起こりやすくなると言えるかもしれません。そうした状況の中で、「直接的な嫌がらせや不快な対応を受けた」38%ということになるのでしょう。さらに割合は少し下がりますが、22%の人が「聴こえないためにできないことを強要された」を選択しており、上記の「フォローをしてもらえなかった」「直接的な嫌がらせや不快な対応」などともつながる問題と思われます。

 これらの回答から想像される離職に至る大きな要因は、①情報保障手段の確保など聴覚障害者に対する合理的配慮が十分になされていない、②障害に対する理解が不十分で、時に不適切な対応がなされることがある、ということではないかと思います。そしてこれは、企業側の聴覚障害者雇用に関する最も大きな課題と言えるのではないでしょうか。

  また、アンケート調査から離職の原因として、「給与が低かった」31%、「仕事内容が合わなかった」27%ということがあります。障害者を採用する企業の中には、障害者雇用促進法の法定雇用率を満たすために(つまり一人当たり月5万円のペナルティを払いたくないために)、身障手帳所有者を、企業内の体制が十分に整っていないのに採用する企業があります。聴覚障害者の場合は「ふつうに体が動かせる」という利点から採用されることが多いですが、「コミュニケーションの難しさのほうが仕事を遂行する上ではもっと難しい」ということが理解されていないのだと思われます。このような認識の高くない企業では、採用した聴覚障害者にあてる仕事も、本人の特性・能力等を熟慮して切り出された仕事というよりも、「とりあえずこれやって」的な補助的な仕事であることが多く、結果的に、給与も低く、本人のもてる力を有効に発揮できる仕事ではないことが多いです。そのために、採用された当事者もやりがいがもてず、生活するための給与も得られないということで離職するというケースが目立ちます。これも企業側の障害者採用の準備不足・認識不足といってよいのではないかと思います。聴覚障害者は一般的に「見えること」に対しては、細かな部分を見分けたり、その微妙な変化に気づいたりなど、「見る」力をもった人が多いのは確かです。このような特性を活かした仕事をあらたに創り出す工夫がないと、採用された本人もやりがいをもって仕事が出来ないでしょうし、また、給与にも反映されにくいのではと思います。

  以上のような観点から、聴覚障害者を採用する企業に欠かせないことは、以下のようなことではないかと思います。

情報保障など合理的な配慮を行う

 仕事に欠かせない十分な意思疎通を行うために、当事者に合わせた情報保障手段を講じること(日本語話者には、筆談、ノートテーク、補聴援助システム、音声認識アプリなどの導入。手話話者には、手話・手話通訳による情報保障)が必要でしょう。
 *職場環境の整備は、企業任せにするのではなく公的資金を活用するなどの制度的改善が必要と思います。「切れ目のない支援」は、18歳までで終わるのではなく、聴覚障害者の生涯を視野に入れて考える必要があると思います。

企業内での障害理解の促進

 企業内・職場内の人たちの障害や障害者に対する不安感を解消し、聴覚障害に関する適切な知識を身につけ、採用され配属される聴覚障害当事者に合わせた具体的な支援ができるよう、障害理解の取り組みを推進することが必要です。

多様性を活かす観点から、新たな価値を生み出す仕事の創造や職場づくりをめざす

  障害者の雇用は、今や企業の社会的責任Corporate Sosial Responsibility)の一つであり、それによって企業の信頼性やブランド価値が高まる、と考えられるようになりました。
 また、多様性を尊重しそれを活かす視点は、全ての従業員が個の価値を尊重される環境づくりにもつながります。聴覚障害者のもつ強みを活かし、聴覚障害者自身のもっている能力や希望を仕事に活かせることは、本人の仕事への満足感や充実感、職場への帰属意識を高めます。そのような視点から積極的に障害者雇用を進め、持続可能な成長につなげていくよう取り組んでいってほしいものです。

聴覚障害者本人と教育関係者への期待と要望

  一方で、企業側から聴覚障害者側に期待されることもあると思います。上の図は社会から期待されることをまとめたものです。一つ目はコミュニケーションに不可欠な書記日本語力・思考力・学力といった認知的なスキルです。
 聴覚障害教育の長い歴史の中で、いまだに『9歳の壁』を半分以上の子が越えられていないのが現実です。しかし、社会で使われる言語は、この壁を越えたところで使われている言語(=学習言語)です。
 二つ目は、自己の障害を卑下することなく、自己肯定感を持ち、自己の障害を認識し、周りにどのような支援を望むのか、的確に伝えるセルフアドボカシー・スキルを身につけることです(下図参照)。
 しかし、要求がすぐに実現するとは限りません。予算的な問題、周囲の理解などさまざまな困難が立ちはだかることがむしろ多いかもしれません。しかしすぐに実現できなくてもあきらめず、粘り強く伝え、交渉する力をつけることも必要です。そのためのコミュニケーション力。人間関係を構築していくためのスキルも身につける必要があります。それが三つ目の力です。相手もOK、自分もOKというアサーション・スキルSosial Skill Trainingなど学校でも取り入れていくことで、コミュニケーション力対人関係能力を高めていくことが必要だと思います(下図参照)。
 以上のよう力を聴覚障害児につけていくことが、聴者とのコミュニケーションと人間関係の構築を可能にし、結果として聴覚障害者の安定的な就労につながるのではないでしょうか。

参考資料・論文

☆『聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション』,水野映子,2007
★『聴覚障害者の職場定着に向けた取り組みの包括的枠組みに関する考察』,岩山誠,2012

*『インテ・難聴児の課題~非認知スキルを伸ばしたい!』
https://nanchosien.blog/key-point-of-non-cognitive-skills/#non-cognitive-skills1

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